十字刻印の専属英雄-6
「―――――いつ、俺だって気がついたんだ?」
苦い思いを抑え、泣きじゃくるマルセラに尋ねた。
「ひっく……ぅ……前に、転んでおんぶしてもらった時……襟の中が見えて……首の後ろに、十字架が……」
「っ!!」
首元を指差され、思わずうなじの下に手を当てた。
十字架型の火傷痕は、子どもの頃に酔った母親と情夫からつけられたものだ。
昔から、大抵の傷はすぐ治ったのに、皮細工用の焼き鏝を強く押されたそれは、未だに消えない。
それでも、自分では見えない部分だけに、今では殆ど忘れていたのに……。
「助けてくれた人の顔は、血だらけでわからなかったけど、あの印はよく見えたの。……だから、ちゃんと覚えてるって言いたかったけど……」
消えいりそうな小声で、マルセラは訴えた。
「ジークお兄ちゃん……あの時の話をしようとすると、怒った顔して行っちゃうから……」
しばらく声もでなかった。
マルセラは何度か、自分を助けてくれた退魔士の話をしようとしていた。
だけど、ジークはその度にいつも逃げて、まともに聞かなかったのだ。
『あの人が、パパとママも助けてくれれば良かったのに』
そう言われるのではないかと、無意識のうちに怖れていた。
「…………仕方ねぇな」
溜め息をつき、マルセラから携帯を取り返す。
「あっ!」
「コイツはまだ預かっておく」
左手を上に伸ばし、似顔絵つきの勲章ストラップを、マルセラの手が届かない場所まで取り上げた。
「ガキに心配されるほど、俺は弱くねぇんだよ。お前は昔、よく見たんだろ?」
「でも……」
「腕もすぐ治る。安心しろ」
両手が使えないから、涙でグシャグシャの顔にほお擦りした。
頬を濡らすのが、自分とマルセラの、どちらの涙なのかわからない。
本当は魔物の血を引いていたくせに、今でも魔物と戦おうと思えば、やはり血がたぎる。
民の安全なんて二の次にしか思えない。
(俺みたいな男が、無数の民を救う英雄になんか、なれるはずないだろ……お前一人で精一杯だ)
「だから……泣き虫のガキが、もう少し強くなるまで、専属英雄を続けるさ」