尾行1-6
早く帰ってきた夫と三人そろっての夕食は久しぶりだ。
「最近お母さん綺麗になったと思わない? ね、お父さん」
小声で言っているつもりだが、キッチンに立って背を向けている奈津子の耳には届いている。聞こえないふりを装って急須にお湯を注いでいた。
「ん? あぁ……」
夫がなまくら返事を返しながら、こちらを見ているだろうと思うと、こそばゆい。
「なーに、その気のない返事は」
唇を尖らせているであろう恵の声。お盆にお茶の入った湯飲みを載せて「何の話をしているの?」と振り返った。奈津子の顔を見て夫は目をパチクリさせながら視線を外す。
「お母さんのこと話してたの」
恵は箸でおかずをつつきながら答えた。
「ふーん……」
黙々とビールを飲んでいる夫の顔を見ながら、テーブルに腰を下ろした。恵は大口を開けて、口からあふれるくらいご飯を詰め込んでいる。外ではそれなりに気をつかっているようだが、一人っ子のせいかちょっと甘えん坊のため、家の中ではタガが外れるようだ。
「お母さんがね、綺麗になったって話してたの。ね、お父さん」
「ああ、うん」
ビールで顔を赤くした夫をチラッと見た。
「まあ、そんなことを」
関心なさそうな声で言い、恵のほっぺたに付いている米粒を指さす。
「お化粧も何となく上手になったし、髪も少しショートにして何だか若々しくなったしさ」
「はいはい、わかりました」
恵はほっぺたに付いている米粒を摘んで口の中に放り込み、ついでに指もペロペロとしゃぶった。頬を膨らました奈津子に睨まれて首をすくめる。
「なんかさぁ、前より少し痩せたみたいだしね、お父さん」
今度は口から半分飛び出したアスパラガスを揺らしたまま話すので、口をへの字にして指摘する。
我が娘ながら容姿はまあまあに育ったと思う。学校では思いを寄せる男子生徒もいるかもしれないが、こんな姿を見たら卒倒するだろう。しかし両親の前ではこのとおりである。
「ああ、そうだね」
頬を膨らましたままの奈津子に見つめられ、夫はしどろもどろで返事を返した。
「太っていてすみませんでした」
「そんなことはないさ。前だってそれなりに……あ、いや」
夫のフォローに恵はおでこを押さえていた。
「はいはい、それなりにね」
クスクスと笑いながら「あなたって、ほんとによく食べるわね」と言って恵が差し出すスヌーピーが描かれた、小さい頃から使っているお気に入りの茶碗を受け取った。
まだご飯が大量に残っている口の中に、マヨネーズをたっぷり乗せたレタスの束を詰め込んだ。そのまましゃべり出すので何を言っているのか分からない。口の周りがべとべとだ。恵に注意しながら、頭の中では別のことを考えていた。
その夜は夫の方から誘ってきた。そんな気がした。手を伸ばし、夫のそれをつかんで上に乗った。暗くて顔ははっきり見えないが驚いているのが分った。顔を見ないようにしてそっと自分の中に導き入れた。
その体位での性交は――夫とは――初めてのことだった。収めるときに漏らした声も、腰を前後に揺らす姿も、今までの自分からは想像がつかないほど淫らだと思った。
始めはかつてない交わり方に驚いていた夫だが、だんだんと興奮してきたらしく、おずおずと手を伸ばしてきて、体に触れながら動きを合わせてきた。
部屋は暗くしているが、しだいに目が慣れてきて顔がぼんやり見える。恥ずかしいけれど、快感の方が勝ってしまうので止められない。
みんなからやせたと言われる。スカートやパンツが明らかに緩くなっている。全身を鏡に映してみると、以前に比べ腰がくびれているのが分かる。でも、腿やお尻は前よりもムチムチしているように見えてしまうのがイヤだけれど……。そうなった原因を考えると恐ろしくもある。
「聞こえちゃうよ」
奈津子のむずかるような声に対してそう言ったのだ。感じていたので思わず声をあげていた。
そんなことは――夫とは――かつてない。
起き上がった夫に体を抱きしめられた。自分の体が汗ばんでいるのが分った。
この体位も――夫とは――初めてだ。
動くとすぐに抜けてしまう。腰を浮かせ、手でつかんで入れ直してから再び動き始める。だがまたすぐに抜け落ちてしまう。そして奈津子が収める。それを繰り返しているうち「出ちゃうよ」――と夫が申し訳なさそうに囁いた。納めようと上から腰を押し付けるが、夫はもう果てていた。