尾行1-5
「見積りをもらいに××工務店に行ってきます」
石橋は田倉が外出するのを見届けると、席を立ち上司に向かって言った。
すっかり禿げ上がったスイカのような巨大な頭を重たげに起こし、四六時中腫れぼったいまぶたをうすく開き、疑わしそうな目で石橋を見上げた。でっぷりと太り、タラコのように赤い唇は分厚く、月面のような顔はいつでも脂ぎっていてる。酒を飲むと女子社員の体にそれとなしに触れ、セクハラまがいも平気で行なう、まさに中年のクソオヤジが石橋の上司の沼田課長である。
石橋はこの沼田が大嫌いだった。何か問題が発生すると職位の下の者に責任転嫁し、利点とあらば何としても己の手柄とし、役員などがいようものなら、一生懸命仕事に取り組んでいる姿を演じる、最低の上司の鏡のような男であった。
「あんなだから五十を過ぎてもいまだに独身なんだ」
自分のことは棚に上げ、石橋はだれかれともなく陰口をたたいている。まわりからはほぼ同類に見られていることはさておき。
見積り書を受け取りに行くのは嘘ではないが、目的は田倉の尾行だ。人生最大の屈辱を味わったあの日、見かけたのは夜だったので、退社時に何度か尾行を続けたが、この一ヶ月は徒労に終わった。田倉は毎日真っ直ぐ家に帰っていったのだ。
いったんはあきらめかけたのだが、田倉を観察していて気になることがあった。不定期だが数時間外出する日があることに注目したのだ。ほかの社員からみれば仕事の線上のことだと思うだろう。まさかとは思うが、とりあえず尾行することにしたのだ。
石橋は会社の車に飛び乗って田倉の運転する車を追った。
「社名が入ってない車を選ぶのも怪しい」と、つぶやいてから「俺もなかなか鋭いところをついてるな」など自画自賛しながら顔をほころばせた。
車は輸入建材を扱う取引のある会社の地下駐車場に入った。そこは部長である田倉が担当するような規模の会社ではない。怪しいが、一概にそうとも言い切れない。
田倉が出てきても見つからないようにかなり後方に車を停めた。紙コップに入れたコーヒーをすする。もちろん会社に設置してある無料の自販機から持ってきたものだ。石橋はこれを日に、それは何度も飲む。二日酔いで胃がムカムカして飲みたくないときでも、無料だからとりあえず飲む。
もう小一時間待っているが田倉の車は出てこない。
「本当に仕事だったのか」
出口が裏側にもある可能性がある、と考える。
「かち合ったらかち合ったで何とかごまかすしかないな」
石橋は意を決し、恐る恐る車を地下に侵入させた。
数台しか停まっていない車の中に田倉の乗った車はなかった。やはり反対側にも出入り口があった。
「やられたな。まさか、俺が尾行していることに気づいたんじゃ……」
暗い駐車場の中で石橋は唸っていた。