一騎当千の不良退魔士-4
「ジークお兄ちゃん!これからお仕事?」
玄関の鍵を掛けているジークへ、不意に幼い声がかけられた。
隣りの部屋に住む八歳の少女マルセラが、窓からひょこんと顔を突き出していた。
「ん……まぁ、そうだ」
やや歯切れ悪く、ジークは答える。実を言えば、マルセラが少々苦手だった。
「今日も頑張って、魔物をいっぱいやっつけてね!」
案の定、マルセラは大きな瞳をキラキラさせ、憧れの視線を向ける。
少女は年老いた祖母と、この小さなアパートに二人暮しだ。
数年前のゾンビテロで両親を亡くし、彼女だけは危ういところを退魔士に救われたそうだ。
そのためか、隣人のジークが退魔士だと言うだけで、過度な期待と夢を抱いているのだ。
「マルセラ、ご飯ですよ」
奥から孫を呼ぶ声が聞えたのを幸いに、ジークはしっしと手を振り、追い払う仕草をした。
「おい、婆さんが呼んでるぞ。飯だとよ」
「……今日の夕ご飯、大嫌いなピーマンの肉詰めなんだもん」
マルセラはふくれっ面で、窓枠に頬杖をつく。
「人にメシ作ってもらっといて、贅沢言いやがる」
「だって、ピーマン嫌い」
これだから甘ったれたガキは……と、ジークは眉間に皺を寄せた。
尽くされて当然、与えられて当然、か。
(俺の母親なんか、飲むか遊ぶか男と寝るかで、手作り料理なんか記憶にねぇぞ)
つい説教したくなったが、我慢した。まるでマルセラを羨ましがっているようじゃないか。
「俺はな、弱い奴が嫌いなんだよ。ピーマンごときに負けてんじゃねぇ」
代わりに、マルセラの額を軽く弾いてやった。
「……お兄ちゃんが応援してくれるなら」
少女はまるで、ドラゴンに勝てと言われたように悲痛な顔で頷いた。
「しょうがねぇな、応援してやるから頑張れ」
栗色の頭を軽く撫でてやると、少女は満面の笑みを浮かべる。
「やっぱり、ジークお兄ちゃん大好き!結婚するならお兄ちゃんが良いな!」
「……ガキに言われてもな」
十年後に言われるならまだしも……と思い、苦笑いした。
どんな妙齢の美女だって、他人に縛られるなんざごめんだ。娼婦にいちいち金を払ったほうが、ずっと気楽でいい。
しかし少女は相変わらず瞳を輝かせ、ジークを見上げる。
「退魔士は皆の英雄でしょう?だからジークお兄ちゃんは、私の一番そばにいる英雄になって!」
「あー、はいはい。そんじゃ今日も世界を救ってくるわ」
夢見る少女に背中を向け、ヒラヒラと手を振る。
(どうせお前もそのうち……)
そう思ってしまうのは、自分の性格がひねくれているからだろうか。
マルセラだって、そのうち妙な幻想を卒業する。
どうして退魔士が救ったのは自分だけで、両親も助けてくれなかったのかと、罵るようになるだろう。
退魔士になってから、嫌というほどそんな場面を見てきた。
もっともっと救えたはずだと、救われる方はいつだって、注文と文句ばかりだ。
(くっだらねぇ!)
だからジークは、英雄を目指すつもりも、誰かを救う気もない。
血のたぎるまま殺して、その結果ついでに命の助かった奴がいる……その程度で十分だ。