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異種間交際フィロソフィア
【ファンタジー 官能小説】

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時代錯誤の好戦者-1


 エメリナがアパートの扉を閉めるのと、後ろから伸びた手が彼女を捕らえたのは、ほぼ同時だった。

「ひっ!?」

 襲撃者は忍び込んだあと扉に鍵をかけ、玄関の死角に潜んでエメリナの帰りを待っていたようだ。
 見知らぬ男の手が、エメリナの両手首を片手で掴み、もう片手が素早く扉を施錠した。
 捻り上げられたエメリナの手から、バッグと買い物袋が滑り落ち、音を立てて床に散らかる。

「誰っ……!」

 大声で叫ぼうとしたが、頬骨をつぶされそうな勢いで握られ、出たのはくぐもった呻きだけだ。

「手首折られたくなきゃ、静かにしろ。こっちだって、弱い女を痛めつけても、たぎらねぇんだよ」

 金髪を逆立てた目つきの悪い青年が、低い声で凄んだ。そのままエメリナを後ろ向きに壁へ押し付ける。

「安心しろ。金を取る気は無いし、強姦もなしだ」

 突然押さえつけられ、凄みのある声でそう言われても……。
 それで安心できる人間がいるなら、見てみたいものだ。

 しかし、そんな抗議をする余裕はなかった。
 青年は手際よく、ビニール紐でエメリナの両手首と足を縛り上げ、もう一度声を出さないよう脅したあと、荷物のように肩へ抱えあげた。
 その際に、青年のごつい革ブーツが、床に落ちていたネクタイの箱を踏み潰した。

「っ!!!」

 エメリナの顔がひきつる。
 もがく身体をしっかり押さえ、青年はズカズカと部屋の奥へと踏み込んで行った。

 この部屋は玄関に入ってすぐキッチンがあり、奥に扉を隔てて一部屋がある。
 青年は奥の部屋に入ると扉を閉め、エメリナをベッドに放り投げた。

「っく!」

 マットレスが軋み、投げ下ろされた衝撃に小さく呻いた。
 唇を震わせているエメリナを、背の高い青年が見下ろしている。元々の目つきなのか、非常にきつい眼光は、まるで狂犬のそれだ。

「……退魔士?」

 青年の黒い制服に気づき、思わず声をあげてしまった。ギロリと睨まれ、慌てて口を閉じる。

「大声でなきゃ、もう喋っていいぜ。こっちも聞きたいことがあるから、口は塞がなかったんだ」

 退魔士の制服を着た青年は、薄い唇の端を吊り上げた。
 エメリナは身を捩り、寝転がったまま睨み上げる。
 怖くてたまらないが、最初の衝撃を飲み込むと、恐怖以上に腹が立ってきた。

(せ、せっかく買った、ギル先生のネクタイを!よくも……っ!)

 ギリギリと歯噛みしながら、必死で声を抑えて問い詰める。

「聞きたいこと……?そっちこそ誰?」

「見てわかんねーか?」

 青年は鼻を鳴らし、制服の胸元に刺繍された銀十字架を指した。

「じゃ、退魔士の副業に強盗を?そんな制服なんて、贋物かもしれないじゃない」

「金なら給料で十分だし、制服も本物だ。なんなら証拠を見せてやる」

 青年は内ポケットを探り、黒い手帳を取り出す。制服と同じ銀十字架の付いた手帳で、表紙を捲ると、写真つきの身分証明書になっていた。

『中央西区署 第五部隊所属・一級退魔士 ジーク・エスカランテ』

 くっきりと記され、役所の印鑑も押されていた。
 凶悪犯の指名手配書かと思うような証明写真と、目の前の青年を、エメリナは交互に見比べる。


 この、いっそ清清しいほどの悪人面……まず本人に違いないだろう。


「お前が違法魔獣を飼っている件で匿名通報が来たって、大家に話したら、快く鍵を貸してくれたぜ」

 手帳をしまい、ジークは得意そうにタネ明かしをした。

「なっ!?変な嘘つかな……っ」

 つい大きな声で抗議しかけた途端、素早く伸びた手がエメリナの口を塞ぐ。

「大声を出すなって言っただろうが。次は殴る」

 凶暴な眼は本気で、口を塞がれたまま、コクコクと頷いた。
 手帳の年齢を見る余裕はなかったが、ジークは二十代の半ばだろうか。
 長身の引き締まった体格で、目つきの悪い顔つきといい、いかにもケンカ慣れしていそうな風貌だった。

 退魔士といえば、民の安全を守る正義の味方といったイメージなのに、どう見てもコイツは、危険を振りまく側に見える。
 髪は白茶けた金髪だが、瞳はギルベルトと同じ琥珀色だった。そして……

(全然似てないのに……)

 穏やかなギルベルトと、極悪人面の退魔士に、共通点など見えないのに、どこか似たような雰囲気を感じてしまうのだ。
 うろたえるエメリナの口から、ようやくジークは手を離した。

「俺は嘘なんか言ってねぇよ、エメリナ・マルティネス。お前は違法魔獣を飼ってやがる。通報者は俺自身だ」

 そう言うと、ジークはポケットから何かを取り出した。

「あ!」

 その手には無くした携帯端末が握られ、画面にはギルベルトとの写真が表示されている。
 瞬間的に、この退魔士が何をかぎつけてきたのか、理解した。

「すっかり忘れてたんだけどよ、今日は満月祭とかってヤツだったな。カップルで過ごすのが、最近ハヤリみたいだよなぁ」

 ジークがチラリと画面を眺める。

「ま、俺は助かったけど……なんでコイツと一緒に居ないんだ?大事な秘密を共有してる恋人同士だろ?」

「ひ、秘密?今日は先生、用事があるだけで……人の恋愛事情なんて、貴方には関係ないじゃない」

 必死にとぼけようとしたが、ジークは聞く耳もたないと言うように、断言した。

「退魔士の俺には、関係あるね。お前の恋人は、人狼だろうがよ」



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