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和州道中記
【その他 官能小説】

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和州記 -雨ニ濡ルル--1

雨が降りしきる暗い林の中に、男女の荒い息遣いが響く。
「はぁ…ッ、も、もう少しゆっくり…!」
「もうちょいの辛抱や」
「そんなこと言ったって…お、お前に合わせてたら…身体がもたな…」
濡れて額に引っ付く髪をうざったそうに払い退け、息を切らせながら女は男を睨め付ける。
刹那、降っていた雨は更にその酷さを増した。
堪りかねたように、二人は揃って声を上げる。

「何や、この雨は!」「何だ、この雨は!」
どしゃ降りの中を走る男――一紺は変わった訛りでもって、自分より少し遅れて走る女――竜胆に言った。
「うう…急がんと風邪引いてまうぞ!」
「わ、悪いけどこれ以上は早く走れない…ッ!」
言う竜胆は大分苦しそうに息を切らせている。
そんな彼女をちらりと見やり、一紺は足を止めた。
同時に足を止めた竜胆は肩で息をしながら、一紺を見つめて疑問符を浮かべる。
「一体どう…」
言い終わらぬうち、一紺は竜胆の身体を軽々と抱き上げ、己の肩に担いだ。
「お、おいッ?!」
「寺まで飛ばすで。しっかりつかまっとれよ!」
言うなり、竜胆を担いだままで先程よりも速度を上げて走り出した。

まだこの雨がさほど酷くはなかった頃、二人は道行く商人に林の中に廃寺があるらしいと言うことを聞いた。
不安定な天気。
いつ雨が大降りになるともしれない中、野宿するよりは幾分ましだろうと、その廃寺を目指して歩いていた二人であったのだが。
案の定、雨は徐々に酷さを増し…そして今に至ると言うわけである。

竜胆を抱えて走ること十数分。一紺が例の廃寺を見つけた。
「ほい、到着〜」
彼は生い茂った草むらの中で竜胆を下す。
彼女は何か言いたげに一紺を睨みつける。
「何や、怖かった?なら、次はもうちょいゆっくり走ったる…」
「そうじゃなくて!」
笑いながら言う彼の言葉を遮って、竜胆は言った。
「…前もって言ってくれ、こうするって」
「ははは、分かった分かった」
おざなりな返事に、竜胆は些か不貞腐れたような顔をした。
それから、溜息混じりに小さく呟く。
「人ひとり抱えてあの速度で走るなんて…どんな体力なんだ」
おまけに、さして疲れている様子もない。
半ば呆れ、半ば感心したように彼女は言って先に進んだ彼の後を追いかけた。

寺の中は至る所が朽ちて壊れ、雨漏りにより出来た水溜りが其処此処にあった。
ぎし、と軋む床や蜘蛛の巣の張った天井を見やり、竜胆は言う。
「不気味だな」
「寝られんことはない」
一紺はそう言って肩を竦める。
確かに贅沢は言っていられない、と竜胆も頷いた。
彼女は結び上げた髪の毛をほどいて、両手で絞る。暗緑の艶やかな髪から、雨水が滝のように流れた。
「全く、酷い雨だ」
独りごちる竜胆。一紺も、頭に巻いていた手拭を絞った。
「さて、どないしよか」
「横になれる場所はあるのか?」
竜胆の言葉に、一紺はつまった。
雨漏りは勿論だが、このお堂、所々に釘が飛び出していたり、床が剥がれていたりする。
うっかりして釘や尖った木材を踏んでしまったら大変だ。
竜胆は足元に注意しながら歩く。その度に床がぎしぎしと軋むのだから、怖い。
「あそこはどうだ?」
彼女が指し示したのは、廊下だった。
雨漏りにやられていないし、床から釘が飛び出してもいない。


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