隔世遺伝の絶滅種-1
「エメリナ……どうして来たんだ……」
乾いてひりつく喉から、ギルベルトは掠れた声を絞り出した。
「やっぱり、あの狼は…………」
ギルベルトの正体に気づいたエメリナが、目の前で恐怖にうち震えている。
それが耐え難いほど辛かった。
変身する瞬間を見せたわけでもないのに、彼女が狼化した自分を見分けた時、もうお終いだと覚悟した。
背中に乗せて走りながら、何度も誘惑に駆られた。
ここまで一緒に連れ帰り、人容に戻って抱き締めたい。
全てを知った上で、この身体を受け入れてくれと、懇願したかった。
それでも……臆病な自分は踏みとどまった。
化物と怯えられるのは仕方なくとも、せめて彼女の拒絶を、直接見たくなかった。
安全な場所で別れれば、もう二度とここに来ないだろうと思い、公園で振り落とした。
(ああ、そうだ!俺は、人狼なんだ!)
両腕で頭を抱え、呻いた。
はるか昔、大陸北で猛威をふるっていた、人と狼の二つ姿を持つ種族。
もう数百年も昔に絶滅したとなっているが、凶暴凶悪な魔物として、未だその名は世界に留まっている。
教皇庁の災厄種リストにも、特A級クラスで記される化物だ。
「早く……早く、帰ってくれ……」
エメリナを見ないよう、硬く目を瞑って歯を喰いしばる。
変身直後の身体を、ドクドクと血潮が駆け巡っている。体中に付着したドラゴンの血臭が、興奮を余計に煽り立てた。
エメリナが欲しいと、体中の血がざわつく。
はるか祖先の人狼は、力で全てを奪い取ってきた。
この女も、欲しければ奪ってしまえと、凶暴な血がそそのかす。
「先生……」
震える小さな声が聞えた。
(……君は、やっぱり優しい)
俯いたまま、心の中で呟く。
この正体を知っても、まだそう呼んでくれるなんて。
その先に続くのが、別れの言葉だとしても、最後にもう一度呼んでもらえたのが嬉しい。
それだけで、もう俺は、十分に……
「ごめんなさい!もう絶対に、あんな迷惑はかけません!!」
大声で発された、泣き声混じりの謝罪に、思わず目を開けた。
「……エメリナくん?」
エメリナの両眼から溢れた涙が、泥と血で汚れきった頬に二筋の跡をつけていく。
ペタンと膝をついて床に座り込み、声を震わせて何度も『ごめんなさい』と繰り返していた。
「どうしてエメリナくんが謝るんだ!?」
呆気にとられ、おろおろ動揺しながら背中を撫でる。
「避難するよう言われたのに、余計な手出しして……結局、先生に助けられて……だから怒って、置き去りにしたんでしょう?」
「違う!!!」
とっさに、自分でも驚くほど大声で怒鳴ってしまった。エメリナが目を丸くしている。
「あ、その……すまない。そんな風に取られるとは思わなかった」
「違うんですか?」
「あの時、エメリナ君の助けがなければ、あの子も無傷では済まなかった。無茶をしたとは思うが、感謝しているくらいだ。でも……」
やはりどうしても言い辛く、歯切れが悪くなる。
「俺は、人狼だから……」
すると、さっきまでの悲壮な表情はどこへやら。エメリナがパンと軽く手を打ち合わせた。
「ああ、驚きましたよ!人狼って絶滅してなかったんですね!」
「……え?」
そりゃ驚かせたとは思うか、どうも表現が軽すぎると思うのは、気のせいか!?
たじろぐギルベルトの心境など知らず、エメリナは一人でうんうんと納得している。
「どうりで先生は、都会暮らしが長い学者さんなのに、端々が野性派だと思いました」
……ついでに、さらっと失礼な事を言われた気がしたが、それはこの際、置いておこう。
咳払いし、ギルベルトは話を重要な点に持っていく。
「もう純粋な人狼は滅んだと思う。俺は先祖返りなんだ。……系譜図を見ただろう?」
「あ、はい……」
灰になった系譜図を思い出そうとするように、エメリナが目を泳がせる。
「俺が調べた限り、先祖で純粋な人狼はルーディ・ラインダースだけだ。
彼は一族から抜け、人間の女性との間に子孫を残した。もう血は薄まり、一族の殆どは変身もできない」
「じゃあ、あの赤枠はもしかして……」
「わずかに残った変身できる一族だ。もっとも、殆どが満月の夜にしか変身できない程度だが……」
溜め息が零れる。
自分もその程度なら良かったのにと、何度も思わずにいられなかった。