隔世遺伝の絶滅種-5
そのまま崩れるように眠りへ落ち……翌朝、目を覚ましたエメリナは驚愕した。
いつのまにかベッドに寝かされ、汗や体液も綺麗になっている。
それは隣りでまだ眠っているギルベルトがしてくれたのだろうが……。
「怪我が……」
掛け布から出て、シーツの上に裸のまま座り込み、自分の身体をあちこち眺める。
全部とはいかないが、殆どの傷が癒えかけていた。
腕の打ち身も小さな痣になっているだけだし、酷かった両膝のすりむきも、大部分が塞がりかけていた。
「相性がいいと、交わりで人狼の回復力が移るらしい」
不意に、後ろから抱き締められた。
「先生っ!起きてたんですか!?」
あわてて掛け布をたぐりよせ、身体を隠した。
今さらとは思うが、カーテンの外は晴天らしく、室内はかなり明るい。余計に羞恥がこみ上げる。
背中に密着した素肌の温もりに、鼓動がまた早くなっていく。
「え、ええと……つまり、先生と……したから、傷が早く治ったんですか?」
動揺しながら尋ねると、思いっきり楽しんでいる声で肯定された。
「そういうことだ」
(ああ、それで……)
思い起こせば、納得してしまう。
ギルベルトに散々激しく抱かれ、絶対に明日は起きれそうにないと思っても、翌朝にはちゃんと疲れが取れているのだ。
体中に残された情事の鬱血も、すぐ消えてしまう。
「もっと早く治したいなら、もう一度しようか?今日は祝日で仕事休みだし」
ペロリとうなじを舐められ、悲鳴とともに身をすくめる。
「ひゃんっ!も、もう、十分です!」
「残念。したくないのか……」
「そ、そうじゃなくて、朝からは……先生とするのは気持ち良いし大好きですけど……はわわっ!」
余計な事まで口走ってしまい、エメリナは首元まで赤くなって口を押さえる。
「い、今のは無しです!忘れてください!」
ギルベルトは涙が出るほど笑い転げていた。
「断る。記憶力は良いほうなんだ」
笑いすぎてヒクヒク震えながら、軽く口づけられた。
「でも、今ので俺も十分に満足できた。エメリナくんは本当に可愛いなぁ」
穏やかな色を取り戻した琥珀の瞳が、愛しくてたまらないと語っている。
この大好きな上司が、どんな魔物だって構わないと思った。
あの広告に目を留めたのを、運命の神さまに感謝する。
ここで働き始めたのが、全てのきっかけで……
「っ――ああああああっ!!!!」
唐突に思い出し、エメリナは絶叫した。
「なっ!?どうした!?」
「仕事用バッグ……携帯も鍵もお財布も……全部落としてきちゃったんです!」
エメリナの服は、とても着られる状態ではないので、ひとまずギルベルトのTシャツを借りた。
裸よりはましだが、短すぎるワンピースのようだ。
なぜかギルベルトが横をむき、無言で鼻を押さえていたのが気になったが、一階にすっ飛んでいくほうが先決だった。
携帯端末だけは、スーツのポケットに入れておいたのだが、盛大に破けていたポケットを見て、がっくりと床に両手をつく。
「せ、先生のスーツ写真……色替えが……眼鏡が……」
「眼鏡?」
ギルベルトが怪訝な声をあげた。
「あっ!いえ、こっちの話で……」
「可能性は低いが、役所に遺失物として届けられているかもしれない」
そう宥められ、少し気分が落ちついた。
「だけど、直接行かないほうが良いだろうな」
ふと真剣な声で言われ、新聞を見せられる。
紙面には、昨日の事件が盛大に報じられていた。
あの最中でも誰かが写真をとっていたらしく、ドラゴンと撃ちあっているショベルカーの写真も載っていた。
画像が荒く、機体の陰でエメリナの顔は写っていなかったが、教皇庁ではこの少女と狼の行方を追っていると、記事には記されている。
もしエメリナだとばれたら、狼のことをしつこく聞かれるだろう。
下手をすれば、強制拘置と尋問にもなりかねない。
「俺の荷物も瓦礫に埋まっているだろうし……届けてもらったほうが得策だな」
ギルベルトがニヤリと笑い、自分の携帯電話を差し出す。
エメリナも一緒なのをいいことに、昨日は持ち歩かず、家に放置していたのだ。
「ウリセスにかけてくれ。俺の大事な助手くん」