食用魔獣の大暴走-5
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「ドラゴンは駆除しました!落ち着いてください!」
土砂降りの雨の中、新入り退魔士たちが、懸命に混乱を収めていた。
道の困難で大幅に遅れたが、救急隊もなんとか到着し、怪我人の治療に当たっている。
事件の道は丸ごと封鎖され、ベテランの退魔士たちが被害調査を行っていた。
二頭のドラゴンは瓦礫の上に倒れ、切り裂かれた喉からドクドクと鮮血の川を放出していた。
その赤を、たたきつけるような豪雨が洗い流していく。
「いやはや、残念。ドラゴンなんて滅多にない狩りだったのに、出遅れちまったなぁ」
まだ若い退魔士は、両眼を潰されたドラゴンの頭部を、ブーツの爪先でつっつく。ワックスでツンツンに逆立てていた短い金髪が、雨で額にへばりついていた。
退魔士の制服は、裾長の黒い半袖上着で、背中と胸元に銀色の十字架が刺繍されている。
素肌に直接着ている黒い上着は、前の一部だけを留めていた。
開いた胸元に、首からさげたごついゴーグルが目立つ。
「手負いなんかじゃ、幾ら殺してもたぎらねぇ。余計なことしやがって」
「口をつぐめ、ジーク!不謹慎だぞ!」
濃い髭を蓄えた年長の退魔士が、青年をギロリと睨んだ。
肩章以外は同じ制服だが、着崩したジークとは違い、下にきちんとシャツを着込み、厳格で真面目な性格が装いに現れている。
「はーい」
ジークは肩をすくめ、敬礼した。
退魔士の部隊は上下関係が特に厳しい。
特に真面目な性分ではないが、この職業が好きだし、天職だと思っている。
上司と揉めて謹慎なんて、真っ平御免だ。
「お前もそこらを回って、何か手がかりがないか調べろ」
「了解」
もう一度敬礼し、瓦礫を踏みつけドラゴンから離れる。
隊長がイライラするのは当然だ。
住宅地でドラゴンが暴れ出すなんて、ここ数十年ない大事件だし、建物の被害も凄まじい。
瓦礫で重傷者が十数人でたが、死者が出なかったのは奇跡だ。
目撃者の証言では、幼女を危ういところで救った男と、ショベルカーで大暴れした少女がいたらしい。
幼女は無事に発見されたが、その男女は姿を消してしまった。
パニック状態の群集は、男女の人相をはっきり覚えておらず、人によって言う事が違うときた。
そしてドラゴンの両目を潰し、少女を連れ去ったのは、巨大な狼だとわめきたてる奴が多数いる。
ここにいる奴ら全員、ヤクでもやってるんじゃねーかと思うような、バカげた証言ばかりだ。
(隊長はクソ真面目な正義感の塊だからねぇ……)
噂の真偽を確かめなければ、気がすまないだろう。
だが、この豪雨で現場はグチャグチャ。
逃げたという狼を探そうにも、匂いは雨で消えうせ、部隊の犬も役に立たない。
「――ん?」
泥と瓦礫の中に、グシャグシャに壊れたショベルカーが半分ほど埋まっていた。
シートの隙間から、キラキラ光るものがはみ出ている。
よく見れば、ラインストーンのついた可愛らしいストラップだった。
引っ張ると、機体とシートの隙間に落ちていた、最新式の携帯小型端末が姿を現す。
工事作業員のものかと思ったが、どうもストラップが可愛らしすぎる気がした。
他人のプライバシーなど、ジークにとっては飴玉一つに劣る。
迷わず電源を入れ、中身をチェックした。
幸いにも壊れておらず、一番上の写真データには、スーツを着た男女が仲よく写っていた。
ハーフエルフの少女と人間の青年だ。
(あれ?この女、確か……)
あまりに平凡な容姿のハーフエルフを、どこかで見たような気がした。
記憶を引っ掻き回し、ストラップを再度見て、ようやく思い出す。
(そうだ!あの特賞者だ!!)
一見オシャレな可愛いストラップだが、よく見ればピンクの飾り文字はゲームタイトルだ。
半月前に開催されたゲーム大会の、限定発売品だった。
ジークはそれほどゲームをやらないが、ちょうど非番だったので、ゲーム好きの知り合いに、半ば引きずられて付き合ったのだ。
そいつが色違いの同じものを買っていたから、よく覚えている。
あの大会で本戦最初に敗退した女が、驚異的な追い上げで優勝者を打ち破った瞬間は、ジークでさえも、少なからず血がたぎったものだ。
「ふーん……」
これがここに落ちているということは、ショベルカーでドラゴンと対峙した少女は、彼女なのかもしれない。
ジークの勘が、ピリピリと告げる。
(女を守ったデカイ狼……消えた男……まさかなぁ)
突拍子もない憶測だが、もし当たっていれば、とんでもない事態だ。
もう一度画面を良く見る。
少女の隣りで、暗灰色の髪をした精悍な顔立ちの青年が、穏やかな笑みを浮べていた。
(いやはや、たぎるねぇ……)
ペロリと唇を舐め、ジークは端末を誰にも見つからないよう、ポケットに素早く突っ込んだ。