食用魔獣の大暴走-4
「退魔士が来たぞ!」
ドラゴンの唸り声に交じり、遠くで誰かが叫ぶ声が聞えた。
「っ!?」
唐突に、狼がエメリナを頭で突く。
無理やり背へ押し上げられ、とっさに血塗れの毛皮へしがみついた。
すぐ傍に、もつれ合ったドラゴンの足が踏み下ろされ、盛大に泥を跳ね飛ばす。
再び暴れだしたドラゴンへ人々が視線を向ける中、狼は矢のように駆け抜けだす。
「うわっ!わっ!待っ……!!」
エメリナは両腕で必死にしがみつき、振り落とされないようにするのが精一杯だ。
どこをどう駆け抜けたのかも、よく覚えていない。
唐突に狼が止まり、身体を激しく降る。
柔らかな草地に、エメリナは投げ下ろされた。
「痛っ!」
頭を振って辺りを見渡すと、そこはベンチと遊具が少しあるだけの、小さな寂れた公園だった。
どこかで見たと場所だと思ったら、ギルベルトの家の近所だ。
ベンチに座っていたおばあさんが、ポカンとした顔でエメリナをみつめている。
「あらまぁ、お嬢さん!大怪我して!!」
親切そうなおばあさんは、杖を突きながら危なっかしい足取りで駆け寄ってくる。
「え、ええと……これは私じゃなくて……それに、あの、わたしも、何がなんだか……」
傍らの水溜りを覗くと、頭からかぶったドラゴンの血と泥で、お化けのような姿だった。
「大きな犬が飛び出して来たと思ったら……貴女を置いてどこかに言っちゃったみたいだけど」
ハンカチを差し出し、おばあさんはキョロキョロと辺りを見渡した。
「なんだか騒ぎが起きているみたいだし……あの犬は貴女の?」
尋ねられ、言葉に詰まる。
「……わかりません」
そうだとは言えないし、違うとも言いたくなかった。
頭は興奮しきってグチャグチャで、涙が零れそうになる。
まだ痛む足腰を奮い起こし、立ち上がった。
「お嬢さん!大丈夫なの!?」
手を貸そうとしてくれたおばあさんを断り、裸足で駆け出す。
辺りの道は無人だった。みんな、ドラゴン騒ぎを聞きつけて見に行ってしまったのだろう。
お陰でどろどろの姿を見られず、エメリナはなんとかギルベルトの家までたどりつけた。
ポーチに足をかけた所で、ポツポツと水滴が空から落ちてきた。
大粒の水はすぐ多数の仲間をひきつれ、土砂降りの雨になる。
扉は開かない。朝出かけた時のまま、鍵が閉まっていた。
合鍵は渡されていたが、バッグごとあの場に落としてきてしまったのに気づく。
夢中で家の横をすり抜け、裏庭に駆ける。
書斎の扉は開きっぱなしで、間口には泥汚れが付いていた。
書斎も泥だらけで、廊下に続く扉にも、べっとり泥が付着していた。
必死で駆け込み、泥の後を追って居間に飛び込む。
「先生!!」
思ったとおり、ドラゴンの血と泥にまみれたギルベルトが、荒い息をついて居間に座り込んでいた。