食用魔獣の大暴走-3
「退魔士はまだかよ!何やってんだ!!!」
見守るしかできない人々から、次々に怒声があがる。
ドラゴン二匹は、完全にギルベルトと幼女へ狙いを定めていた。
両脇から塞ぐように囲い、臼歯の並んだ大きな口を開け閉めし、威嚇している。
「せ、せんせい……」
エメリナの両足が震える。
言われたとおり、避難したほうが良い。駆け寄った所で、足手まといになるだけだ。
そもそもあんな場所へ、どうやったら助けに行けると……。
「っ!!!」
腹に力を込め、覚悟を決めた。タイトスカートの横を掴んで、大きく裂く。
目の前のアパートへ駆け込み、共同階段をかけあがった。
二階部屋の一番端にある扉を勢い良く開く。
「お邪魔します!!」
住人は避難したらしく、散らかった室内は無人だった。
室内をつっきり、隣りのアパートと隣接している窓を開け、すぐ目の前のベランダに飛び移る。
そこからもう二つの建物を同じように通り抜け、窓から雨どいを滑り降り、泥まみれの工事現場に降り立った。
作業員も逃げ出し、工事現場には倒れた看板や工具が散乱していた。
ぐちゃぐちゃの泥を踏み散らし、エンジンのかかったまま放置されたショベルカーに飛び乗る。
物心つく前から、父の車修理を見てきたのだ。
工事車両の操作だって、掛け算より早く覚えた。
上空からエメリナを見つけたギルベルトが、驚きの表情を浮べる。
「先生!言う事聞かないですみません!!」
レバーを操作し、勢いをつけてアームを振り回す。
ギルベルトに食いつく寸前のドラゴンへ、ヘッド部分が鈍い音を立てて激突した。
「くぅっ!!」
無茶な衝撃が車体に響き、エメリナは必死で車体バランスを取る。
「ぐぎっ!?」
後頭部への打撃によろめいたドラゴンが、怒りに満ちた顔で振り返った。
首の部分が長い、同族にも似た黄色い機械を睨み、咆哮をあげる。
恐ろしくて全身が震える。
歯がガチガチ鳴って舌を噛みそうだ。
それでも、二頭のドラゴンが機械の竜へ気を反らした隙に、ギルベルトがまだ無事な建物の奥へ、幼女を連れて飛び込めたのが見えた。
(すぐ退魔士がきてくれるから!!)
魔物退治のスペシャリスト達が到着すれば、こんなドラゴンくらい、すぐ捕獲してくれる。
自分を励ましながら、必死でアームを振り回した。
しかし、すぐに一頭のドラゴンが、大きな口でヘッド部分の付け根を捉える。
とっさに座席から泥の中に飛び降りたのは、賢明な判断だった。
一瞬後には車体が地面から離れ、宙に跳ね飛んだショベルカーが、向かいの建物へ激突する。
「う、うぁ……ぁ……」
逃げようとしたが、ぬかるんだ泥に足をとられた。靴が脱げ、頭から泥につっ込む。
ふと、生臭く暖かい風を感じた。
後ろを振り向くと、すぐ間近に巨大なドラゴンの頭がある。
「ひっ!!」
地面から見上げた時と、ケタ違いの迫力だった。
黄土色の目を血走らせ、大きな鼻の穴から生臭い息を吹きつけて、かぱりとドラゴンは口を開ける。
平たい歯の並んだ口は真っ赤で、粘つく唾液が滴り落ちているのが、やけにくっきり見えた。
これが本当に草食か、それとも間違えて肉食に育ってしまったのか、そんなのはもう関係なかった。
とにかく目の前の化物は、間違いなくエメリナを噛み殺そうとしている。
痛いほど伝わる殺気が、肌をビリビリと刺した。
助かるはずなどないのに、愚かな反射的で目を瞑り、身体を縮ませる。
暗闇の中、耳をつんざく咆哮と獣のような吼え声が聞えた。
柔らかな毛皮のような物がぶつかり、泥の中に再度突き飛ばされた。
続いて、生暖かい飛沫がびしゃりと頭から降りかかる。
「……う……そ……」
エメリナの薄く開いた目が、驚愕に大きくなった。
片目を潰され悶え苦しむドラゴンが、泥の上に鮮血を撒き散らしていた。
そしてドラゴンとエメリナの間に、大きな暗灰色の獣が立ちはだかっている。
犬にしては余りに大きすぎ、精悍な体つきだった。
(狼……?)
暗灰色の狼は姿勢を低くし、隻眼となったドラゴンへ唸り声をあげる。
振り下ろされた頭を避け、残った片目を前足の鋭い爪でえぐりとった。
大気を震わせる叫び声をあげ、視力を失ったドラゴンは、自分の相棒へ倒れ掛かる。押しつぶされた方も驚き暴れ、ニ頭のドラゴンは長い首をもつれさせてしまった。
「……ギル、先生……?」
するりと、無意識にその名前は口から零れた。
そんなはずは無いのに……大好きな人の髪と、この獣が同じ色をしているだけなのに……。
それなのに、どうしてこうも同じ雰囲気をを感じるのだろう?
暗灰色の狼がこちらを向き、琥珀色の瞳がエメリナの視線とかちあう。