上司-9
「遊園地なんて何年ぶりだろう」
田倉はそう言って、くるくる回るコーヒーカップの中で手を振っている恵と万里亜を眩しそうに見つめた。
「まあ、恵ったら、あんなにはしゃいで」
強い日差しを避けるため、田倉と奈津子は日陰にあるベンチに腰掛けている。
白いTシャツに紺のサマージャケット、白い麻のパンツ、そして白とうす茶のバンプシューズ。上背のある田倉は見事に着こなしていた。
奈津子は体にフィットしたデニムのパンツを穿き、胸の開いたクリーム色のタンクトップを淑女風の薄手のカーディガンで隠している。奈津子にしては思い切ったファンションらしい。
恥ずかしそうにする奈津子に恵は「全然そんなことないから」とにべもない。どうやら恵のごり押しで決めたようである。
「こんな所にお呼びしてしまって、申し訳ありません」
前方を見つめている田倉は、小さく頭を下げている奈津子の姿を目の端でとらえている。
「いいや、そんなことはありませんよ」
ピタリとそろえられたデニムのひざ頭が目に入った。目をしばたたきながら恵たちに視線を戻す。
「退屈なさっていませんか」
「これでも結構楽しんでいるのです。あんなに喜んでいる万里亜を見るのは久しぶりですから。わたしが何もしてあげられなくて。遊園地も連れて行ったことがありませんし」
「そうですか……でもお仕事がお忙しいから」
奈津子に横顔を見られていると分かると、頬がじんわり熱くなるのを感じた。
「ギリギリの人員で仕事をしているせいもありまして、佐伯君にも忙しい思いをさせてしまって……」
小さく頭を下げチラッと横を見ると、奈津子の一重瞼がカップに乗ってはしゃいでいる二人を眩しそうに見つめていた。その一重瞼が清楚さを醸し出していることに気付く。その目尻に小さな小皺を発見する。子を持つ熟女らしく白い二の腕には、ほんのわずかだがたるみがある。年齢の割にはウエストはくびれていて、他に贅肉は? と思って素早く視線を動かすと――あった。そんな部分を一つひとつ発見するたびに落ち着かない気分になる。
夫の話が出てきたせいか奈津子の微笑みに恥じらいが見えた。やや厚めの唇の端に小さなホクロを発見すると激しく心がざわめいた。
「仕事が忙しいのは幸せな事ですわ」
こちらに向かって大げさに手を振ってくる恵と万里亜に、奈津子は遠慮がちに手を振り返す。その白い指と、ついでに胸の膨らみをドキドキしながら盗み見た。思った以上にムチッとしているふとももに視線を移し、息を吸い込んだ。
ヒュッと音がしたかもしれない。ハッとして我に返ると、突然キャーキャーと子供たちのさんざめく声が聞こえ、束の間の妄想から解き放たれた。
「ええ、確かにそのとおりです。しかし、そのせいでご家族の方に寂しい思いにさせてしまうことも事実です」
淫らな妄想を密かに恥じていた。
「わたしも妻に寂しい思いをさせてしまったようで、こんなことに」
奈津子の困ったような顔を見て田倉は頭を掻いた。
「あらぬ噂が飛び交っているのも知っています」
「噂、ですか?」
「ええ。妻と別れた原因がわたしの浮気ということです」
「まあ」
奈津子は知らない素振りをしたが隠し事は苦手なようである。奈津子が知っていることを田倉は悟っていた。