運転上手のお転婆娘-1
水曜日の昼前、エメリナは故郷の駅で列車を降りた。
祖母の年齢を聞いたギルベルトは、
『早く言えばいいのに。七十歳じゃ、なおさら大切じゃないか』
と笑い、水木曜の二日間お休みをくれたのだ。
彼は博識な考古学者だけあり、異種族の習慣にも詳しい。
エルフが誕生日に固執するのは有名だが、十歳ごとの区切りは親戚一同で特に盛大に祝うのも、ちゃんと知っているようだ。
今日は雲一つない晴天で、眩しい太陽が小さな田舎駅を照らしていた。心地良い風の香りに、エメリナは目を細める。
王都からたった二時間弱の距離だというのに、オリーブ畑と牧場に囲まれた田舎町は、まるで空気が違う。
駅前のロータリーに両親の車を見つけ、スーツケースをガラガラ引いて駆け寄る。
何しろ家までのバスは、一時間にたった一本だ。
助手席の窓が開き、美しいエルフ少女(外見は)の母が、顔をつきだして手を振った。
「エメリナ!早く乗りなさい」
「ただいま!」
輝くような美貌を前にしても、もう胸は痛まない。
もちろん羨む気持ちはあるけれど、エメリナを傷つけたのは外見でなく、くだらない理不尽な嫉妬だった。
感謝する気はないが、イヴァンはいい半面教師だったわけだ。
自分がエルフたちに抱いていたのは、彼と同じレベルの感情だと気づき、それがどれほど醜いかも思い知った。
だからもう目の前にいるは、憎らしいエルフの代表ではなく、少々口うるさいけど大好きなお母さんだ。
父親は運転席から降り、スーツケースを詰むのを手伝ってくれた。
人間であるから、四十代という年相応の外見だ。男性にしては小柄だし、力仕事に向いた体格にも見えない。しかし本気を出せば、力自慢のドワーフと腕相撲しても楽々勝ってしまう、とんでもない怪力の持ち主だ。
仕事用のつなぎを着たままで、機械油の染みがあちこちについている。相変わらず口数は少ないが、上機嫌な証拠に小さく鼻歌を歌っていた。
エメリナが狭い後部座席に潜り込むと、車は少々怪しげな音を立てて動き出した。
なにしろ今では博物館くらいでしか見かけない、骨董品レベルのクラシック自動車だ。
エンジンのかけ方にもコツがいり、動かせるのは父とエメリナくらい。
だから鍵をつけっぱなしで放置していても盗まれる心配がないと、父は変な所で胸を張る。
「少し痩せたんじゃない?ちゃんと栄養のあるご飯を食べてるの?一人だからって好き嫌いしちゃ駄目よ」
実のところ、ギルベルトが作ってくれるお昼ご飯が美味しくて、二キロほど増えてしまったのだが、母は心配でたまらないらしい。
矢継ぎ早に飛んでくる質問に答えつつ、窓から故郷の風景を眺める。
見慣れた小さな町を通り過ぎ、住宅街の端にある我が家に到着すると、ホッとした。
レンガ作りの二階家で、横には父の作業所兼ガレージがある。
修理を頼まれたのか、ガレージは隣家のトラクターが占拠しており、父は車を前庭に停めた。
ガレージは工具がいっぱいで、鉄くずやタイヤが積みあがっている。漂う機械油の匂いに、家に帰って来たのだという実感がいっそう沸きあがった。
便利で賑やかな王都の暮らしは気に入っているが、生まれ育った我が家は、やはり良いものだ。
家の中は既に、今夜のパーティーに備えて盛大な飾りつけがされていた。
テーブルにも窓枠にも花が飾られ、緑のリボンで飾られた柳の籠には、山盛りの果物。天井からは、月や星の形に編まれたレース飾りがいくつも下がり、縫い付けられたビーズが光っている。
時代と共に多少は変わっているが、伝統的なエルフの誕生日飾りだ。
あとはケーキを焼くだけで、料理は招待される親戚が持ち寄ることになっている。
母は家に入るなり、ケーキ作りの途中だとキッチンに突進した。
エメリナの料理の腕前を知っている母は、こういう時に手伝えとは決して言わない。
キッチンは彼女の聖域であり、誕生日ケーキのように重要なものを作っている最中は、絶対に立ち入り禁止だ。
父はガレージに行き、エメリナは階段をあがって、自分の部屋の扉を開く。
一人暮らしを始めてから帰省したのは、これでやっと二回目だ。しかしエメリナの部屋は、家を出た時から少しも変わっていなかった。
荷物を置き、クローゼットから灰色のつなぎを引っ張りだして着替えると、エメリナはガレージに向った。