満身創痍の初デート -7
会場の喧騒は届くが、資材置き場は無人だった。
エメリナの後ろから、イヴァンはまだしつこく着いてくる。
行き先が同じだから仕方ないが、あきらかに歩調を合わせているのが腹立たしい。
「ちょっと見ない間に垢抜けたな。なんなら、今度は真面目に付き合ってやろうか?」
「……は?」
とんでもない事をほざく男に、ジュースをひっかけてやりたいのを我慢した。ギル先生に買ってもらったジュースは、コイツには勿体無さすぎる。
代わりに脳内で、三回ほど蹴っ飛ばした。
「結構です。私には今、最高に素敵な彼氏がいますから」
フン、と鼻を鳴らし、内心で悪い笑みを浮べた。
考えてみれば、これはチャンスだ。ゲームなら負けるもんか。この際、思い切り雪辱を晴らさせてもらう!
「もしかしてさっきの?あ〜、なるほど。彼氏の方は予選敗退かぁ、お気の毒」
小バカにしきった口調でほざく男に、頭の中で拳骨をもう五発。
「ギル先生は、最初から出ていません。私に付き合ってくれただけです」
「へぇ〜……。相変わらずだな」
イヴァンが喉を鳴らして笑う。
「ツラ以上に性格ブスの、可愛げねぇ女。ますます彼氏が気の毒だ」
吐き捨てられた暴言が、見えない鎖になってエメリナの足を止めさせた。
「……どういう意味ですか、それ?」
振り返り、長身の男を見上げて睨む。
「自分の腕前をひけらかして、彼氏に得意面かよ。嫌味だってわかんねぇの?」
「そんなつもりじゃありません!」
思わず怒鳴ったエメリナを、イヴァンは奇妙に歪めた表情で見下ろしていた。
あざ笑いながら怒っているような……寒気がするほどの敵意が伝わってくる。
「マジ目障りでムカつくんだよ、お前は」
混じり気の無いむき出しの悪意をぶつけられ、ゴクリと喉がなる。
「どうして……私が、先輩に何をしたって言うんですか!?」
外見がエルフらしくないだけで、そこまで憎まれるはずはない。
やっと理解できた。あれはエメリナを貶めるための、ただの口実だったのだ。
「お前が一年の時、王都で工学コンテストがあっただろ」
「……はい」
よく覚えている。何週間も苦労して、リモコン操作で動かす機械の蝶を造り、コンテストに出した。
コンテストに出せるのは、各学校から代表で一つだけ。皆が提出したものを顧問が吟味して代表作品を決めた。
自分の作品が学校代表に選ばれ、更に最優秀賞を取れた時は、信じられないほど嬉しかった。
顧問の先生も友達も……イヴァンも、おめでとうと喜んでくれた。
「なんであの時、俺じゃなくて、お前が代表になったんだよ」
「何でって……あれは、ブラント先生が選んでくれたんじゃ……」
「俺は本気出せば、誰かに負けたことなんて、一度も無かったんだぜ?なのに、選ばれたのは、年下で女で出来底ないハーフエルフのお前だった」
手入れした眉を吊り上げ、イヴァンは殺気すら感じるほど憎憎しげに、エメリナを睨む。
「どんな手つかって取り入ったんだ?」
「……え?」
「つまんねぇ出来損ないハーフエルフのくせに、お前は顧問のお気に入りだったしな。どうせ何か、汚ない手を使って自分を選ばせたんだろ」
「っ!?そんなこと、絶対にしてません!!」
自分でも驚くほど大声が出た。悔しくて悔しくて、涙が滲む。
あれはエメリナが、本当に頑張った結果だ。
自分の力でやらなければ意味がないと、手伝おうかと言ってくれた父を断り、試行錯誤しながら何度も作りなおした。
運もあったのかも知れないが、少なくとも後ろめたい真似など、断じてしていない。
「どうかしました!?そこ、立ち入り禁止ですよ!」
怒鳴り声を聞きつけた係員が、慌てて駆け寄ってくる。
「す……、すみません」
まだ怒りにガクガク震える身体に両腕を巻きつけ、係員に軽く頭を下げた。
イヴァンも歪んだ視線を消し、いかにも好青年の笑みを形作る。
しかし、ピタリと後ろについて歩く長身から、エメリナだけに聞える悪意の篭った小声囁かれた。
「忠告してやる。自分より目立とうとする女に、良い顔する男はいねーよ」
「世界中の男を勝手に代表しないでください。逆恨みしていただけのクセに」
もう軽蔑しか感じない男に、冷たく答えた。
かえって清々したというもの。変に傷つく必要もなくなったわけだ。
「フン、どう思うかはお前の勝手さ」
イヴァンがせせら笑った。
「ま、その調子じゃ、あの彼氏にも、またすぐヤリ捨てられるのがオチだな」