満身創痍の初デート -2
特に電車へ乗らなくても、待ち合わせ駅の構内を通り、駅の反対出口へ抜ければ、そこは賑やかな繁華街だ。
ショッピングモールや各種飲食店、イベント広場に娯楽施設と、大抵のものが揃っている。
静かなギルベルトの家から、たった数キロしか離れていないなど、嘘のようだった。
恋人たちや家族連れ、友人たちでの集まりなど、休日の街は人でごった返している。あふれる話声や雑音で、耳が痺れそうだ。
「せんせ……」
言いかけて、口を押さえる。
今は、ギルと呼ぶべきなのだろうか?しかし、急に距離をつめすぎか……ギルベルトさん?それとも……ラインダースさん?
いやまて、無駄に距離を開いてどうする!
「ん?」
「え、えっと、あの……先生を……じゃなくて、こういう時は、どう呼んだら……」
再び襲ってきた緊張に、舌がこわばる。
「いつも通りでいいよ。俺もいつもと同じに呼ばせてもらう、エメリナくん」
「は、はぁ……」
「変に緊張させてるみたいだからなぁ」
可笑しそうに笑われ、顔が真っ赤になっていくのを感じる。
「は、初めてなんです!……こういうのっ」
「へぇ、それは光栄だ」
琥珀色の瞳が細まった。
「俺も久しぶりだし、緊張してる。お互い様だな」
そんな風には見えなかったが、エメリナを安心させようと、言ってくれたのかもしれない。
「じゃぁ、先生。どこに行きましょうか?」
「そうだな……」
結局、オーソドックスに映画を見る事にした。
ギルベルトの家は、テレビすら無いが、エンターテイメントが嫌いというわけではないそうだ。
自分で操作する必要がないから、映画はよく見に行くのを知っている。
「エメリナくんは、どれが見たい?」
並んだ映画ポスターの前で、訪ねられた。
「そうですね〜……」
目の前の巨大なポスターには、満月をバックに、血の滴る腕を咥えた人狼と、剣を構えた昔の退魔士が写っていた。この夏注目の話題作らしいが、せっかくの初デートに、スプラッタホラーはいただけない気がする。
「あ、これは避けて欲しいな」
ギルベルトが苦笑した。
「先生、ホラーは苦手でしたっけ?」
「いや、そういうわけじゃないが……これはあまり好きそうになれない」
なんとなく、はぐらかすように言い、他のポスターへ視線を移す。
「ふぅん……じゃあ、これはどうですか?」
隅に張られていた恋愛ものを指した。
映画情報に疎いので、どんなものか知らないが、純愛+感動を匂わせるあおり文句に惹かれた。
「ああ、ちょうど時間も良いし、それにしようか」
ギルベルトが懐中時計を取り出し、上映時間と見比べる。
機械と一口に言っても、彼が苦手なのは、電気を使っているものだけだ。
子どもの頃かかった医者の診断では、電磁波と体質の相性が悪いのかもしれないと言われたそうだ。
その証拠に、魔法やネジが動力のものなら、かなり複雑な構造でも、修理や組み立てを容易にできる。
もっとも、今の機械はほぼ全て電気製品だから、あまり慰めにはならないだろう。
並んで席に座り、ほどなく上映が始まる。
―――――やっちゃった……。
がっくりと俯き、両手で顔を覆った。
巨大なスクリーンに、ヒロインが切なく喘ぐ濃密なベッドシーンが映し出されている。
暗がりでチケットの半券をよく見れば、R15指定だった。
加えて致命傷なのは、ヒロインの名前がたまたま『エメリナ』なのだ。
豊満な胸を揺らす、お色気たっぷりの女優は、自分と欠片も似てなくとも、いちいち主人公に名前を呼ばれ、喘ぎまくるのだ。
いい加減にしろ!どこが純だ。ほとんどポルノだろこれ!こら主人公!お前、たしか不治の病で具合悪い設定だろうが!病院抜け出してそんな事してないで、おとなしく寝てろ!!
普段なら、つい感動してしまったかもしれないが、非常に利己的な怒りが沸き立ってくる。
(あ、あああ……いたたまれない!!!)
そっとギルベルトを見ると、特に表情を変えず眺めていたのが、せめてもの救いだった。
羞恥プレイのような二時間がようやく終り、ぐったりと映画館から出る。
(違うんです!先生!いかがわしい気持ちは露ほどもなかったんです!!広告詐欺にあったんです!!)
胸倉掴んで揺さぶりながら言い訳したいのを、寸でのところで堪えた。
しかし、完全に動揺してしまい、もうまともにギルベルトの顔が見れない。
カップル連ればかりの小洒落た店で、少し遅めの昼食を取っている時も、顔がぎこちなく引きつってしまう。
頭がうまく働かず、会話もとんちんかんな受け答えばかりだ。
いつも仕事場でとる昼食だったら、テレビもラジオもなくても、ギルベルトとのたわいない会話が楽しくて、退屈や気まずさなど感じなかったのに……。