山だし-5
どのくらいそうしていただろう。起き上ったサトエはスカートの乱れを整えて静かな笑みを向けた。
「里見くん……あたしで、いいの?」
返事ができずにやっとわずかに顎を引くと、サトエは時計を見た。
「お家は、時間は大丈夫なの?」
「よく友達の家に泊まるから」
「そうか、もう大人だよね」
立ち上がってタンスからタオルを取り出した。
「ここ、お風呂ないの。銭湯行こうね」
彼女の言葉がなぜか遠い響きに聴こえていた。
風呂の支度を手早く準備すると、
「着替えちゃうから」
ためらいもなくブラウスのボタンを外す。隠すこともせず下着姿になると普段着に着替え、どぎまぎしている私に、
「君も脱ぎなさい」
「え?」
「パンツ、あとで洗うから」
「いいよ。買うから」
「新しいパンツじゃ、お母さん、洗濯する時変に思うよ」
サトエは言ってから穏やかな口調になった。
「さあ、急いでね」
洩らしてしまったことをサトエは知っている。
「ここにつけといて」
ポリバケツに水を入れた。
私は言われるまま背を向けて下着を脱いだ。下半身を見られることよりも汚れた下着のほうが恥ずかしかった。
その夜、サトエに導かれ、私は生涯忘れ得ぬ時を過ごした。それは鮮烈な初体験の感動を意味するだけではない。行為の完遂や生理的な歓喜というより、二人の五感が交錯し、私の『男』が全身で目覚めた『性夜』ともいうべき素晴らしい一夜であった。
風呂から帰るとサトエは洗濯に取り掛かった。洗濯機はない。洗面所で手洗いである。
「いま洗えば朝までには乾くわ」
「やっぱり自分で洗うよ」
「いいよ、あたしのもあるから」
洗濯が終わるとテーブルをたたんで立てかけ、押入れから布団を出す。
「一つしかないんだ。枕ないから座布団ね」
新しいシーツを敷き、隅々まで丁寧に折り込んだ。煙草を喫いながら何とも落ち着かない時間であった。
「これ、開けといて……」
手渡された紙袋。帰路、薬局で買ったコンドームが入っている。見たことはあるが自分で買ったのは初めてである。サトエに言われたもので、そこまで考えが及ばなかった。
「大事なことよ」
私にお金を渡すとサトエは離れていった。
チョコレートでも入れるようなきれいな箱である。被ってあるセロハンを外す。意外に大きな音がしてサトエが振り向いた。
最後は歯磨きである。
「買い置きのがあるからそれ使って」
彼女と並んで歯を磨きながら、いつの間にか他人の部屋にいる違和感が薄れてきていた。
布団に座ったサトエは、区切りをつけるようにふぅーっと息をつき。服を脱いだ。動きに滞りがない。見る間に裸になった。いとも簡単に、と思ったのは間違っていたかもしれない。なぜなら、彼女の顔は明らかに上気していたから。……
昂奮を抑えていたのだろう。意を決して行動に移った。そこに躊躇がなかったということだ。
私のためだったと思う。求める私の初体験への欲望を何とか成就させてあげたい。サトエはその一心だったにちがいない。それは何年も経ったのちに考え及んだことではある。
蛍光灯が照らす下、サトエは惜しげもなく裸身をさらした。
(何という……)
息を呑む美しさ。匂い立つ女体。そして肌。
胸は大きく張り、その重みでやや左右に傾いだ乳房はわずかな動きでも揺れる豊満さである。引き締まった腹部から腰の大らかな厚みは女の女たる所以といえる色気を立ち昇らせている。その曲線のたおやかさは表現の限界を超えているといっても過言ではない。
ああ!黒い繁みに囲まれた妖しい亀裂。夢想の世界で想い描き、ひたすら追い求めた性器!
「里見くん……」
差しのべた手は私を呼んだ。裸になった『自身』はまだうなだれている。十分な昂奮は満ち満ちているのに気持ちと呼応しない。刺激が強すぎて圧倒されたことで高ぶりが空回りしていたと言うべきか。妄想の世界から現実への移行が急激に過ぎたのかもしれない。
「きて……」
やさしい声に誘われて寄り添って横たわった私の唇にサトエが重なってきた。
(温かく、やわらかい……)
すっと舌が入ってきた。そしてぬらぬらと動く。味などしないのに唾液が甘美に感じる。その刺激はペニスに連動した。完全にいきり立った。
サトエの手がゆっくり私の体をさする。顔を見合せてキスをして、また互いに見合う。濡れた唇が半開きになって、覗いた舌が私を誘う。密着した乳房の弾力が彼女の高まりを伝えてくるようだ。
ややあって、サトエは体を離すと仰向けになり、膝を抱えて開脚した。そして無言で頷いた。
(見なさい……)と言っている。
現われた秘部は裂け目を見せて濡れている。顔を寄せていくと、サトエは腰を上げて上向きにした。
何という『モノ』なんだろう。率直な印象であった。彼女の美しい肢体に比して、決してきれいな部分ではない。色といい、形状といい、グロテスクといっていい。だが、その異形が昂奮の渦を巻き起こし、魔物のように私の心を射してくる。