△△△△-3
自分たちに時間はない。
明日には帰らなくてはならない。
優菜が落ち着いた頃、優菜の母に有沙の居所を聞いた。
ここから車で2時間かかるとのことだった。
優菜の母が車でそこまで連れて行ってくれると言ってくれたので、お言葉に甘えさせてもらった。
午後2時、身支度を済ませた優菜はあの頃と変わらぬ姿だった。
しかし、顔だけは下を向いたまま負のオーラが漂っている。
「行きましょうか」
母に手を引かれて歩く優菜の後ろを歩く。
車に乗り込み、走り出す。
流れ去る景色は全て白。
こんな風に心が浄化されたらいいのに。
道が空いていたため、1時間半で目的地に辿り着いた。
「ここで待ってるから」と、優菜の母は駐車場で待っていることになった。
3人で雪道を歩く。
人のいない花屋で100円を出し小さな花をそれぞれ買い、有沙の元へと向かう。
それはすぐに見つかった。
雪を払い落として水を注ぐ。
よく、誰かが来てくれているのだろう。
周りのものよりもとても綺麗に見えた。
線香に火を点けると、独特の香りが鼻を掠めた。
優菜を間に入れて、並んで手を合わせる。
有沙ちゃん。
会ったことはないけれど、今日こうして3人でここへ来られたことが、とても嬉しいです。
本当は優菜ちゃんはとても優しい子。
だって、有沙ちゃんのために泣けるのだから。
有沙ちゃんと会うのは今日が最初で最後だと思います。
優菜ちゃんとも今日で最後になると思います。
北海道に来たらきっと白い景色を見ながら、見たことのないあなたの優しい笑顔を思い浮かべることでしょう。
その笑顔で、これからは優菜ちゃんの事を優しく見守ってあげて下さい。
空を見上げると、少し陽が傾いていた。
芯まで凍りつきそうな寒さの中、2人は何を思い、何を有沙に語りかけているのだろうか。
優菜は涙を流しながら、一番最後まで手を合わせていた。
優菜がこちらを向く。
「ひなちゃん…ごめんね…」
「え…」
「謝ったって何したって一生許されないと思ってる。死んだって……」
「おい、山口の前でそーゆー事言うのやめ……」
湊が言いかけた時、優菜はコートのポケットからナイフを取り出した。
空気が凍りつく。
「有沙のとこに行く…」
「何言ってんだよ!」
「有沙のとこに…」
足がすくんで動かない。
止めたいのに止められない。
優菜の首筋にナイフが突き付けられる。
「やめろっ…!」
湊が反射的に優菜を後ろから押さえつけた。
2人で地面に倒れこむ。
優菜の右頬にはじわじわと血液が浮かび上がっていた。
「こんなことして、山口が喜ぶと思ってんのかよ!ふざけんな!」
優菜の胸ぐらを掴み、湊が叫ぶ。
「生きろよ!あいつの分まで生きてやれよ!」
優菜の泣き叫ぶ声がこだまする。
11月11日の16時の空から、音もなく雪が降り始めた。
帰りは旅館まで送ってもらった。
「ありがとうございました」
「気を付けてね」
「はい」
あの後、何があったとも誰も何も話さなかった。
きっと優菜も話さないだろう。
何も考えられず、無言のまま陽向と湊は部屋に入った。
布団がまた、綺麗に敷かれている。
「なんで言わなかった」
湊が低い声で言う。
「なんであいつがあんな風になってるって言わなかった?知ってたんだろ?」
「……」
「俺がそれ聞いたら行かないと思ったから言わなかったんか」
陽向は何も言わなかった。
「聞いてんだよ。答えろ」
「…そうだよ」
湊は「あそ」とだけ呟いた。
何か言っても絶対言い合いになるだけだ。
陽向は部屋から出て行き、上着も着ずに外のベンチに腰掛けた。
寒過ぎるけど、今はそんなのどうでもいい。
結果、あんな風になってしまった。
良かったのか、悪かったのか分からない。
優菜に会えて、約束を果たせて良かったのかもしれない。
でも優菜はあの場で自殺しようとした。
それは予想外だった。
大事に至らなかっただけで、もし何かあったらどうすることもできなかっただろう。
明日、ここを去れば、きっともう優菜にも有沙にも会うことはないだろう。
優菜には、ただ、生きて欲しい。
それだけだ。
「おい」
どれくらい経っただろうか。
気付いたら湊が目の前に立っていた。
「風邪引くぞ」
「……」
湊は黙って陽向の手を握った。
ほんわかあったかい。
「手、冷た」
湊は笑うと、陽向の手を引いて部屋まで連れて行った。