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It's
【ラブコメ 官能小説】

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△△△△-2

かなり早く目が覚めてしまった。
時計を見るとまだ8時だ。
目を閉じても全然眠くない。
陽向は湊を起こさないようにそっと起き、宿から出て散歩に出掛けた。
今日は快晴だ。
冷んやりとした空気と心地良い太陽の日に包まれながら、当ても無く歩く。
日陰の土を踏むと、じゃりじゃりと霜が崩れた。
空を見上げると名前の知らない鳥が3羽、仲良く並んで飛んでいる。
知らない町の、知らない景色。
目的の時間まであと少し。
陽向はふぅと息をついて吐き出された白いもやを見つめた。

午前11時。
宿からタクシーに乗り、優菜の自宅へと向かう。
陽向はマフラーに顔を半分うずめてフロントガラスを見つめていた。
辺りは雪を被った屋根が連なっている。
知らない場所へ行くからか、それとも緊張しているからか、ずいぶん時間が長いように感じる。
「お友達んとこですか?こんなとこ来るなんて」
タクシーの運転手にそう問われる。
「あぁ…まぁ」
「この辺の人じゃないでしょ、あんたら。東京かね?」
「はい」
そんな会話をしていたらあっという間に優菜の家の付近まで着いてしまった。
「そこ曲がったとこですね。…はい、着きました」
到着したのはなんの変哲もない普通の一軒家。
タクシーの運転手にお礼を言い、降りる。
湊が小さく息を吐く。
「行こっか」
陽向が言うと、湊は何も言わずに陽向の隣を歩いた。
インターホンを押して間もなく玄関から母親と思われる中年の女性が顔を覗かせた。
ゆっくりと会釈する。
「風間です」
そう言うと、目の前の女性は「どうぞ」と言って陽向と湊を家の中に通した。

「遠いところ、わざわざありがとうね」
優菜の母は2人にお茶を出しながらそう言った。
清潔なリビングは、優菜のイメージそのものだった。
可愛らしい家具や出窓には家族写真が飾られてある。
「いえ…」
「お隣は確か…」
「五十嵐湊です」
「あぁ…あなたが」
話は聞いていたのだろう。
優菜の母は湊の顔を見て「本当にごめんね」と涙ぐんだ。
何も言えなかった。
「五十嵐くんも、風間さんから優菜の話は聞いているわよね?」
「えぇ、少し」
「精神的にちょっとだけ病んでしまったの」
「そうですか…」
「パニック障害って知ってる?」
「はい、名前だけは…」
その言葉を聞いた時、湊と目が合った。
「何故言わなかった?」といったような目だった。
優菜の母は、優菜がパニック障害であること、ほとんど部屋から出ない事などを話した。
「……」
「もしかしたら、顔を見せてくれないかもしれない。説得するけど…」

会えないのなら意味がない。

きっと湊はそう言うと思った。
だから言わなかった。
でも、希望を捨てきれない。
だから、ここまで来た。
「あの、優菜ちゃんは…?」
陽向の言葉に優菜の母は「部屋にいるわよ」と言った。
「…会わせてもらえませんか?」
優菜の母は立ち上がると「驚かないでね」と呟き、リビングを出て行った。
陽向と湊は顔を見合わせて、その後について行った。
廊下に出てすぐのところにある階段を上り、一番奥にある部屋の前までくる。
しんとした空気が痺れるほど痛い。
「優菜ー」
呼びかけても何も返答がない。
振り返った優菜の母の顔は、とても疲れているように見えた。
「優菜ー。お客さんよ」
今度はつとめて明るい声でそう言う。
「風間さん…来てるわよ。五十嵐くんと一緒に」
無意識に足が動く。
「優菜ちゃん…開けて」
震える声で呟く。
何故だか、涙が出そうになる。
応答はない。
これまでか…と思った矢先、ゆっくりとドアが開いた。
そこには、見るも無惨な姿の少女が立っていた。
何日も風呂には入っていないと思われる悪臭、ずいぶんと痩せ細った身体、わなわなと小刻みに震える疲れ切った顔の彼女は、陽向を見て「ひなちゃん…?」とか細い声で呟いた。
一瞬、時が止まった。
ありえない速さで心臓が早鐘を打つ。
言葉が出てこない。
優菜は焦点の合っていない陽向を一瞥した後、湊を見据えて固まった。
「…久しぶり」
「い…いが、五十嵐くん…」
優菜が震え出す。
その途端、一気に優菜は泣き崩れ「ごめんなさい」と数え切れないほど叫んだ。
廊下にその声が響き渡る。
陽向は黙って涙を流し、湊は何も言えずにその場に立ち尽くした。
「優菜ちゃん…」
陽向は震える声で優菜の手を握った。
乱れた髪の隙間から、腫れ上がった優菜の右目が覗く。
「真澄さんから聞いたの。山口真澄さん…分かるでしょ?」
「え…」
「有沙ちゃんのところに行こう。…五十嵐と一緒に」
「……」
「約束したんでしょ?有沙ちゃんと。形は違うかもしれないけど、優菜ちゃんが来てくれたってだけで、有沙ちゃんは喜ぶと思うよ」
優菜は嗚咽を堪えながら泣きじゃくった。
「だから、行こう」
数秒後、優菜は小さく頷いた。


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