前編-8
森中は一途で純朴な『高校生』だったのだ。人気のない林道や河原を歩いても、将来の夢や学校生活について、そして人生のことなどを訥々と語った。だが、小夜子はその内容を何ひとつ憶えていない。肩を並べて歩きながら、その肩が触れる度にいつ抱きすくめられるか、キスを求められるか、そんなことばかり胸をときめかせながら考えていたのだ。
春に知り合って、一学期が終わっても手も握られなかった。彼の本心はわからない。そういう付き合いで満足していたのか。でも、中学の同級生たちのことを考えれば男子として欲望はあるはずで、きっと抑制しているにちがいないと思った。
(それにしても、手を握るくらい……)
小夜子は満たされない想いに悶々としていた。
(疲れちゃう……)
夏のある日、昼頃、駅で待ち合わせるといつものようにぶらぶらと歩き始めた。森中はいつもどこへ行こうとも言わない。町中の通りを何度も回ったこともある。だから静かな所へ行きたい時は小夜子がやや前に出て歩く。森中は少し遅れ気味になって、並んでいるようで小夜子が先導する形にする。
雑木林に差し掛かって人目が完全になくなったのを確認すると、小夜子の想いが急激に膨れ上がって堰を切った。女子高での鬱屈した想いと森中への苛立ちがぷつんと切れた。
「森中君。本当はあたしのこと、好きじゃないんでしょう?」
突然の言葉に呆然としていた森中はすぐに慌てて首を左右に強く振った。
「好きだよ、好きだ」
「うそよ」
「うそじゃない。心から好きだ」
「だって手も握らないじゃないの。好きだったらそんなの変よ」
小夜子は顔に火照りを感じて、それを隠すように足を速めて林の奥へ入って行った。
森中の足音が従ってくる。
やがて木々が途切れてシロツメクサが一面に広がる場所に出た。周囲は樹木に囲まれていてとても静かである。もし誰かが近づいてきてもすぐわかる。以前にも一度来て、薄暗くなるまで座って話をした所だ。その時、ここなら彼も、と、身を硬くして待っていたのだが、森中は喋り続けていた。
(今日は、してよ……)
激しい日差しに汗まみれの体は、暑さよりも初体験への昂奮と疼きでかっかと燃えていた。
小夜子の隣に腰を下ろした森中の顔は真っ赤である。視線をやや下に落としたまま黙っている。
(考えているんだわ……)
やっぱりリードしないとだめかなと思い、膝を抱えて蝉しぐれを浴びているうちにお寺で股間を開いたことを思い出して突然息が苦しくなるほど昂奮してきた。
「森中君。……好きにしていいのよ……」
考えたというより昂揚した気持ちが言わせた言葉だった。そして目を閉じて顔を少し上に向けて彼の顔に近づけた。
(どうぞ……)
にじり寄った気配と同時に彼の手が肩にかかった。
(キスしてくる……)
身構えて口を閉じたとたん、むんずと乳房を掴まれた。
「あっ……」
いきなりとは予期していなかったので一瞬たじろいだが、小夜子は抵抗せずに掴まれたままゆっくり仰向けになっていった。
目を開けると森中の顔が歪んでいるように見えた。もう小夜子の頭には、
(結ばれる!)ことしかない。
「いいのよ!して!」
叱咤するように強く言った。声が上ずっていた。
森中はその勢いに頷いたが声は出ない。立ち上がってズボンを下ろすとパンツもろとも足首に絡ませて膝をついた。天を向いた一物が見えた。
森中は慌てていた。無理もない。そのまま四つん這いになって近づいてきた。
『青竹』が迫ったので小夜子は急いでパンツを下し、片足だけ抜いてスカートを捲った。股間が白日にさらされ、内部から熱いものが溢れてくるのを感じていた。
森中の荒い息遣い。滴り落ちる汗。小夜子は自分の動悸に煽られながらさらに脚を開いた。
「ああ……小夜子さん……」
「森中くん……」
重なってきた森中は腕立て伏せみたいに体を支えて下半身を押しつけてくる。
(入ってくる!)
しかし、
「ああっ」
「あ……」
二人ともほぼ同時に声を上げた。重なったけれど掠めていった。硬いものがおへその辺りにある。
起き上がった森中は完全に動揺していた。押し入れようとするものの、焦ってうまくいかない。見ると足首にズボンが引っ掛かっているので不安定になって定まらないのだ。
「そこじゃない」
小夜子が思わず『彼』を握って引っ張ったのと、びっくりした森中が腰を引いたことで強烈な刺激となった。
「ひい!」
悲鳴のような声を出し、直後、温かいものがおなかに振りかかった。
「ああ……」
半べそのような、消え入る声が聞こえ、日差しの眩しさに目を閉じた。蝉の声とアブの羽音が聴こえていた。気にならなかったやぶ蚊が顔の辺りに襲来した。他には小夜子と森中の息遣いが聴こえるだけである。
その日以来彼からの連絡はなかった。登下校でも姿を見なくなったのは時間をずらしたのだろう。結ばれなかったにしても、とても鮮烈な出来事なのに不思議と記憶は鮮明ではない。時に、本当に付き合っていたのか疑問に思うことすらある。誠実で、純情で、だから燃え上がる性欲を自制することが小夜子に対しての礼節と思ったいたのだろうか。
森中はやさしかった。そして何より初めて交際した男性である。美しい思い出として終わりにすればよかったという後悔があったのは確かなことだ。その気持ちが記憶を薄れさせているようにも思える。いい人だったからこそきれいでいたかった。思えば、はしたなくせっついて、何ということをしたのかと後で恥ずかしく思ったものだ。彼を傷つける結果になってしまった。
(忘れたい、いや、忘れてほしい……)
自分より森中に申し訳ない想いであった。
(ごめんなさいね……)
時が経ち、ふと面影が過る時、小夜子は心で呟く。
(好きだったのよ……)
それは森中に対してというより、思い出の汚点だと思う自身への鎮魂のようなものだった。