仇の地-2
やっと落ち付いたのか、店内に静かに音楽が流れていることに気がついた。
クラシックのようだ。バイオリンの音が流れている。
「水割りです。どうぞ」
アキラの前に静かに水割りが置かれた。
良く冷えた水割りが冷気で曇っている。液体の入っていない部分の透明さが際立っている。
一口飲むと、口の中にあまい香りと程よい苦味がひろがる。水とウィスキーの割合が程よくブレンドされている。
「おいしい」
アキラの自然にでたつぶやきに、店員は軽く会釈をして微笑んだ。
ナッツが乗った小皿が出された。
その塩気のあんばいと水割りがよくあった。
空腹に流し込んだアルコールが、緊張していた神経をほぐしてくれる。
ついつい水割りを口に運んでいった。
「おかわりは、お作りしますか」
女性の問いかけに思わず、ビクッとしてしまった。
「あらいやだ、私たら。何時の間にか飲んじゃって。あっ、じゃあもう1杯お願いします。それと、化粧室はどこかしら」
セミロングの髪の毛を両手でかきあげて、カウンターの女性を見た。
「はい、あちらの突き当たりでございます」
店員は右手を延ばして店の奥を示した。
カウンターの中の女性は、160センチのアキラより少し高く見えた。
トイレに向かおうとカウンターから立ちあがったとき、若干ふらついた。
久しぶりのアルコールと溜まっていた疲労か…。
化粧室に向かう歩調には、全く問題なかった。
化粧室も清潔で、清掃がいきとどいていた。
抜け道が無いことを確認して、席にも戻った。
すでに空のグラスはかたずけられていた。
アキラが席に着いたと同時に水割りが提供された。
グラスに水滴がついておらず、アキラが席に着くタイミングですばやく作られたものと思われた。
一口飲むと先ほどと変わらず、おいしい水割りだった。
口が慣れてしまっているのに、薄く感じないのは若干濃度を濃くしているのだろう。
視察で来店したのを忘れてしまいそうな、ホスピタリティの行き届いた店だ。
アキラは店員に微笑みかけた。
店員は先ほどと同じように軽い会釈と共に微笑んだ。
心地よいバイオリンの音が響いている。
はっ、としてアキラは頭を上げた。
店内に変わったことはなかった。
カウンターの女性は向こうでグラスを磨いている。
うたた寝をしてしまったようだ。
アキラは軽く頭を振った。
だが再び睡魔に襲われる。
バイオリンの音がはずれている。やけに長く音を延ばしている。
アキラが顔を上げると目の前に女性店員が立っている。
「私、もう…かえる…」
アキラの言葉に軽く首をかしげて微笑む女性。
暗幕が引かれてゆくように眠りにおちていった。
“ミスター、緊急連絡です。ねずみとりにねずみが一匹かかりました”
“確かだな”
“はい、まぬけなことに身分証明の帳面もってます。確かに麻薬Gメンです”
“なんだ、それならさっさと始末してしまえ”
“はい。一応お伝えいたしますが、女Gメンです。始末しますか”
“女Gメン!おもしろそうだな…。で、面相は?”
“なかなかのもんです。ダサい格好してますが”
“ふう〜む…”
“どうしますか?やはり始末しますか”
“いや、見てから決めよう”
“では、我々の方でセッティング致します”
“モニターは三台。インカムもつけてくれ”
“はい、いつものように。ただし、今回は女優ではなく本物の女Gメン。AV撮影チームも張りきることでしょうな”
“よけいなことは言わなくていい。いつものように私の姿は決して誰にも見れないように”
“はい、申し訳ございません。追って場所等ご連絡いたしますので”