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『ITUKI』
【純愛 恋愛小説】

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『ITUKI』-7

「外見は、なかなかおいしそうね」
「褒めるのは見栄えじゃなくて、中味を食ってからにしてくれ」
スプーンで一口すくうと、いつきは驚いたように言った。
「おいしい・・・」
彼女は何度も味を確認しながらオムライスを口に運んだ。そうして瞬く間にペロリとたいらげてしまった。いつきは満足そうな顔をしていた。
「スゴいよ、宏和。自炊してないんでしょ?」
「面倒だからしないけど、一通りのことは出来るよ」僕はいつきの反応を楽しみながら食器を片付けた。
「ちょっと、見直した」
いつきがまじまじとこちらに目を向けている。調子に乗った僕は思わず口を滑らせた。
「実は、高校のときに調理クラブに入ってたんだ」
うっかり言ってしまったことを後悔した。好奇心たっぷりにいつきは目を輝かせ、昔のことを根掘り葉掘りと聞いてきたのだ。
「宏和ってどんな高校生だったの?色々聞かせてよ、私、興味ある」
マシンガンのように質問をぶつけるいつきに、僕はただ閉口するしかなかった。
昔のことなんて思い出したくなかった。
色褪せた古い記憶をいくら引っ張りだしても、僕は一人だったからだ。
セピア色に染まる映像が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
二条さんだけは、違った。白黒に映る同級生に囲まれながら、彼女は鮮やかな色を持っていた。
二条伊月は僕の唯一のカラーだったのだ。
彼女に少しでも近づきたい一心で、僕は同じ調理クラブに入ろうと思った。今からしてみれば不純な動機だ。
二条さんはいつも、淡いピンクのエプロンをしていた。
それがとても似合っていた。
「じゃあさ、アルバム見せて。ね、いいでしょ」
と、再びいつきが言った。何も言わない僕に業を煮やしたのか、いきなり部屋中を物色し始めた。
「おい、やめろって」
「これかな?」
と言っていつきは棚から分厚い装丁の本を手に取った。得意げになってそれを振り回すと、ペラペラとページをめくっていった。
「ダメだ、触るな!」
気付いたら、僕は大声をあげて彼女からアルバムを取り上げていた。
いつきはびっくりしたような目つきで僕を見上げた。「これは、見ちゃいけないんだ・・・」
と言って、一つ息を吐いた。
アルバムに載っていた二条さんの写真を、いつきに見られたくなかった。
それが何故なのか、自分でも分からなかった。



エレベーターを降りると、近くにいた看護婦に声を掛けられた。
「こんにちは」
人当たりのよさそうな笑顔につられて、僕は会釈を返した。
「誰かのお見舞いですか?」
「3○3号室の二条伊月さんです」
「あら。私、担当の桐原です。よろしくね、大城くん」
桐原さんは丁寧に頭を下げた。その一言で僕は、彼女があの夜の電話の応対をしてくれたナースであることに気付いた。相手はとっくに気付いていたのだ。
「この前はすいません。夜中に迷惑な電話かけて」
「別に、いいのよ。仕事だもの」
と、桐原さんは首を振って答えた。
電話で話したときとは随分違う印象だった。
「二条さんって色んな人に慕われてるのね。今日も何人か来たのよ」
嬉しそうに桐原さんは言った。僕はまた同級生の誰かに会うのかと思うと、複雑だった。
ノックをしてから、静かに戸を開けた。
「よお」
聞き覚えのある声がした。畠山が椅子に座ってこっちを見ていた。
見舞い客の一人が畠山だったことが分かると、少しほっとした。


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