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『ITUKI』
【純愛 恋愛小説】

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『ITUKI』-8

「お前もこっちにきて座れよ」
畠山が動いて、ベッドの傍にスペースをつくってくれた。言われるままに、僕は用意されたパイプ式の椅子のうえに腰を下ろした。
周りの視線が一斉にこちらに向いた。
この前とほぼ同じ顔触れだったが、相変わらず名前が分からなかった。
「貴方、大城くんよね」
黙っていると、向かいに座っていた女が声を掛けてきた。
「卒業式以来じゃない。ホント、久しぶりだわ」
彼女は少し戸惑った様子で、こちらを見ていた。
この人のことは覚えている。
確か、二条さんの最も親しい友人だった人だ。
高校では彼女と一緒にいる二条さんを見かけることが多かった。
「そうだね・・・」
そう言っただけで、声が続かなかった。
なにか言わなきゃいけない気がしたが、話すことなどなかった。彼女を含め、病室のなかにいる人間は皆、高校の時に二条さんの周りにいた連中だ。いつも教室の隅にいた僕とは違う。
気まずい空気が、部屋を流れた。
僕は彼女から目を離し、昏睡状態の二条さんを見た。数日前より、微かに顔色が青ざめてるように感じられた。
「大城くん、大学の方忙しいんじゃない?」
先に耐えられなくなったのは女の方だった。
「お前、結構遠い学校に通ってたろう。今はそっちに住んでるんだってな」
と畠山は言った。僕はあいまいに頷いた。
「それなら、無理して来ることはないわよ。伊月も私達が看てれば充分だし・・・」
女はぎこちなく笑うと、僕を見て言った。
遠回しに、もう来てほしくないと言われた気がした。「大城は、二条を気に掛けてくれてるんだよ」
と畠山が言った。僕をフォローしてくれてるのが、目線でわかった。
何か言わなければ、と思った。今、自分の気持ちを話さなければ二度とここへは来れない。
「俺は・・・」

不意にベッドの目の前に置かれた機械が鳴った。
病室にいた誰もが驚き、二条さんに振り向く。
彼女に異変はなかった。だが、繋がれた機械からは心音の乱れを表示する赤いマークが点滅している。
一番近くにいた僕は、どうしたらいいのか分からずに、ただ唖然と彼女を見ているしかなかった。
「何やってるのよ!」
女が叫ぶように、椅子から立ち上がった。
「そこのナースコールよ、早く!」
僕は慌てて壁に備え付けられたボタンに手を伸ばした。
少しの間を置いて医者らしき人が、数人のナースを引きつれてやってきた。
二条さんの様子を一目見た医師は冷静に脈を取ると彼女をストレッチャーに乗せるよう、指示を出した。
何人もの人に囲まれながら二条さんはあっという間に運ばれていった。
僕はその場に立ち尽くしたまま、成り行きを眺めていた。
「どいて!」
病室を出ていく女の肩が、ぶつかった。力が抜けたみたいに、僕は床に座り込んでしまった。
もう、周りには誰もいなかった。
コードを抜かれた機械の音だけが、いつまでも耳に響いていた。


正面玄関を抜けて前庭に出た。
空は幾分どんよりとした雲に覆われている。予報では雨はないと言っていたが、この空模様では当てになりそうもなかった。
階段を降りたところで、畠山が追ってきて、声を掛けた。
「大城、帰るのか?」
畠山が僕の肩をつかんだ。息が切れていた。
「邪魔になりそうだったからね、俺がいると」
「さっきのことか?気にするな。
志水も気が高ぶってたんだ」
「わかってるよ」
僕は小さく首を振った。出来るだけ穏やかな顔をつくったつもりだった。


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