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『ITUKI』
【純愛 恋愛小説】

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『ITUKI』-5

考えてみれば当の二条さんは意識不明の重体で、今も絶対安静のはずだ。とてもじゃないが病院を抜け出して雨に打たれているのは無理だ。
じゃあ彼女は、今も家のシャワーを使っているこの女は一体誰なんだ。
僕は頭を混乱させながら、ひとまず部屋の片付けに取り掛かった。


とりあえず机のうえと周辺に散在しているゴミを片付けてしまうと、心なしか部屋が広くなった気がした。生ゴミは袋に詰めて台所の隅に置いておく。それで大分マシになった。
「ふう、すっきりしたぁ。ねえ、着替えってコレでいいの?」
彼女の声に僕が顔を上げると、上下にだぼだぼのスウェットを合わせた出で立ちで立っていた。
「そうだよ。何か飲む?」「あったかいものがいいな」
「わかった。適当に座ってて」
僕は冷蔵庫から牛乳をだすとホットココアを二杯入れて彼女に渡した。
よほど寒かったのか受け取った手が微かに震えていた。
「質問してもいいかな?」机を挟んで向かいに座ると僕は言った。
彼女は上目遣いに僕を見て頷く。両手で包むように持ったコップを、左右に傾けていた。
「君はあそこで何をしてたんだ?」
「わからない」
「何も覚えてないのか?」「私、気付いたらあの場所に立ってたの。周りに誰もいなくて困ってたら、突然雨が降ってきて・・・」
「俺が声掛けるまでそうしてたって事?」
彼女は頷いた。
ココアを一口飲むと、急に真剣な目つきになって僕を見た。
「ねえ、私のこと知ってるんでしょ?何か教えてよ」「君じゃない。似てるけど、たぶん違う人だ」
僕が否定すると彼女は悲しそうな顔をしてうつむいた。彼女からすれば、僕が自分のことを知っているものだと期待していたのだろう。僕は気をとりなおして別のことを聞いてみた。
「本当に、何も覚えてないのかい?名前とか、年齢とか、住所とかさ」
「名前・・・」
彼女が顔を上げて呟いた。「一つだけ、覚えてる名 前があるわ」
「きっと、それだよ。君は自分の名前だけは無意識に覚えていたんだ。言ってごらんよ」
僕は確信したように言った。思わず身を乗り出す。
彼女はゆっくりと僕を見据えた。それから、低い声で言った。
「・・・いつき」
「え?」
僕は一瞬、とぼけた声をだした。だが、はっきりと聞こえた。
彼女はいささか不安げな表情で僕をうかがっている。背中に汗が流れた。
二条さんは入院して、今も危険な状態だ。彼女が出歩けるはずもない。
目の前に居る女の子が、同一人物とは思えなかった。「伊月?じゃあ名字は?」「だからそれしか分からないの。ねえ、それって私の本名なのかなあ?」
そんなことを僕に聞かれても困る。しかたなく彼女の問いを肯定しておいた。
――この子はいつきだ。 いつきはじっと何かを考えるように自分の名を確認していた。


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