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『ITUKI』
【純愛 恋愛小説】

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『ITUKI』-4

「二条さん・・・?」
訳のわからないまま彼女の名前を呼んでみる。
振り返った彼女は一瞬、首を傾げると意味不明な言葉を吐いた。
「あなた・・・私の名前を知ってるの?」
「は?」
「知ってるのね!そうでしょ?ねえ、教えてよ。私のこと。何も覚えてないの」興奮した彼女が矢継ぎ早にまくしたてた。僕は夢を見てるみたいに困惑した表情を彼女に向けるだけだ。
痛いくらいに掴んできた腕の感触がやけにリアルだった。


「とりあえず、中に入って」
僕は先に立ってドアを開けると彼女を部屋へと促した。
彼女・・・二条伊月にそっくりな女は興味津々に僕の部屋を見回すと土足で上がり始めた。
「ちょ、ちょっと待って!タオル持ってくるから身体拭いてよ・・・あ、土足で入らないでね」
僕は彼女を制すと一目散にベランダに駆け込んだ。
雨水に晒されているシャツ等に目もくれず、そばにあった洗濯機の中から一番綺麗なタオルを引っ張りだす。振り返った自分の部屋は他人を招き入れるには不十分な程散らかっていたが、片している暇はなかった。「うわあー。きったない部屋だね、ここ」

「あっ!まだ入ってくるなって言ったろ」
慌てて持っていたタオルを投げるように渡した。彼女はそれを受け取るとにわかに渋い顔をした。
「これ、くさいんだけど・・・」
文句を言いながら僕にそれを投げ返す。鼻に近付けると微かに汗の匂いが染み付いている。・・・確かにコレは使用済みのタオルだった。
「ご、ごめん。気付かなかったよ」
僕はますます焦ると、しどろもどろになって洗濯物の山を漁りはじめた。
呆れた眼差しで見つめていた彼女は、急にくしゃみをすると総身を震わせて独り言のように呟いた。
「・・・寒い」

「寒い?じゃあシャワー使っていいよ。
着替えは・・・俺ので構わないかな?」
こくんと頷いて彼女は脱衣所のドアを閉めた。
「ふう・・・」
しばらくするとドア越しに水の流れる音がした。ひとまず安心だ。
僕は一息つくと、身体にたまっていた疲れがドッとでたように座り込んだ。
二条伊月がシャワーを使っている間に、僕は病院に電話を掛けた。
どうしても確かめたいことがあったからだ。
夜もだいぶ更けた時間だったので心配したが、数回のコールの後、受話器からは女性の声が聞こえてきた。「はい、こちら清和大病院ですが」
気怠そうな口調がはっきりと聞き取れたが、構わず僕は言った。
「夜分遅くに申し訳ありません。そちらに入院されている二条伊月さんの友人で大城と言います」
「ああ・・・。どうかしましたか?」
「失礼ですけど、二条さんはそちらの病院におられますよね。」
「はあ?当たり前でしょう」
女性の語気が強くなる。
こんな時間に訳のわからない電話を掛ければ、誰だっていい気分はしないだろう。僕は出来るだけ丁寧に頼み込んだ。
「念のため、確認してもらえますか?」
「その必要はないと思いますけど・・・」
受話器からは明らかに不愉快な雰囲気が伝わってきた。僕は何度もお願いします、と頭を下げ病室の様子を見てくるまで頑として譲らなかった。
しばらくして息を切らせた女性の声が聞こえた。
「・・・いましたよ、彼女。この目で確認しました」「本当ですか?」
「はい。私、二条さんの担当のナースですけど、一日数回は病室の見回りをしてますから。
最後の検診の時も異常はありませんでしたよ」
「そう、ですか・・・」

僕は一言失礼を詫びると静かに電話を切った。
二条伊月は確かに病院にいる。これで二人が同一人物という線が無くなった。


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