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『ITUKI』
【純愛 恋愛小説】

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『ITUKI』-3

「あ、ごめん。ええと・・・」
「畠山だよ。大城くん、やっぱり俺のこと覚えてなかった?」
そうか、僕に電話を入れてくれたのもこの人だったのか。苦笑いしながらまじまじと彼を見た。
やっぱり思い出せない。
畠山はため息をつくともう一度気を取り直していった。
「さっき見てわかったと思うけど、二条の容体はあまり良くない。」
畠山の説明は、僕の胸に重くのしかかった。
彼は事実を確認するように、言葉を選びながら続けた。
「彼女の場合、病院に運ばれてきた時点ですでに意識がなかったんだけど、奇跡的にも外傷はほとんどなかった。」

「どんな事故だったの?」つい気になっていたことが、自然と口に出た。
「車に衝突したのさ。交差点を渡っていた彼女にいきなりスピード違反のトラックが突っ込んできて・・・」
頭の中でその時の映像を想像すると思わず寒気がした。
「よく、無傷ですんだね」
「うん。持っていた荷物が運良くクッションになったんだ。まさしく奇跡だな。――でも、そのまま二条の意識が戻ることはなかった」
「そんな・・・」
僕はきつく目を閉じると下唇を噛んで耐えた。 彼の前で動揺している自分を見られたくはなかった。
「彼女は、助かるんだろ・・・?」
うつむいたまま顔を上げると、彼は目線をそらしてその顔を曇らせた。
どうしてこの人は何も言ってくれないのだろう。僕がいくら望んでも、畠山の首が縦に振られることはなかった。


その日は重い足取りで家路に着くことになった。病院を出る頃に降り始めた雨はあっという間に土砂降りになり、傘を持っていなかった僕は濡れた格好のまま電車に乗るはめになった。
実家に帰ろうかどうか悩んだが、親に会っていくような気分じゃなかった。
幸いにも車両はほとんど混んでなく、駅を下りるまでに濡れた服を乾かすことが出来た。
購買で傘を買い、外に出ると雨は一層と強くなった。「困ったな・・・」
そんなことをぼやきながらゆっくりと歩きだす。
出掛ける前に干したままの洗濯物を思い出したが、たぶん今の僕と同じ有様になっているだろう。急いで帰っても意味がなかった。

坂を下っていくと十字路に差し掛かる。この辺りでは一番交通量が多く、人通りの激しい交差点だが、今日は一台も走っていなかった。
信号が青にかわるのを待って歩きだしたところで、僕は道路脇にうずくまっている人影に気付いた。
この雨のなか、人影は傘もささずに地べたに寄り添うようにしてじっと動かなかった。怪我か何かで倒れているのかもしれない。
もしやと思い僕は走りだして影のもとに向かった。
「あの、大丈夫ですか?
どこか気持ち悪いんですか?」

「えっ?」
女性の声だった。急に話し掛けられて驚いている様子だった。
「こんなところに座っていたら風邪引きますよ」
僕はさしていた傘をそっと差し出した。彼女はそれを受け取るかどうかしばらく迷っていたが、顔を上げると笑って応じた。
「ありがとう」

その時だった。
僕は自分の目を疑った。
信じられないものを見るみたいに、彼女をじっと見下ろした。
傘にかかる雨粒がしきりに僕の肩を叩いた。
「な、何で・・・。嘘だろ?」
黒目がちに揺れた彼女の目が、不思議そうに僕を見た。そこにいたのは紛れもない、彼女だ。
濡れた髪をかきあげながら二条伊月は僕の傘に入ってきた。


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