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『ITUKI』
【純愛 恋愛小説】

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『ITUKI』-12

「いつき。この前俺が言ったこと、覚えてるか?」
僕はベッドから目を離さずに言った。
「昔の知り合いが事故に遭って入院していると、俺は言ったな。
その日に、友人から連絡を受けて俺も見舞いに行った。
知り合いの名前は二条伊月高校の同級生だった。
二条は意識不明の重体で、今も危険な状態が続いたままだ。
・・・そして、帰り道のあの十字路でお前に会った」いつきの小柄な体がピクッと動いた。僕はいつきを目の前に据えた。
全身を震わせながら、耐えるように次の言葉を待っていた。
「こっちに来い、いつき。側に来て彼女の顔をよく見るんだ」
いつきは二条さんの枕元に立つと、そっと彼女の頬に指を触れた。なにかを確かめるように、じっとそこだけを見つめていた。
こんなことを考えるのはおかしいのかもしれない。
目の前には確かに二人の人間がいる。それでも、僕は確信を持っていた。
本当は、初めていつきを見たときから気付いていたんだ。
いつきと二条さんが同一人物だって、僕には分かっていた。
「何か、思い出したか?」いつきは小さく首を振った。
「ごめん、なさい。・・・なにも思い出せない」
「そうか」
「でもこの人を見てると、どこかに忘れ物をしたような、不安な気持ちになるの」といつきは言った。
その瞳が悲しげに揺れていた。
「ねえ、私って。この人のなんなの?」
核心をついたいつきの質問に、一瞬僕はたじろいでしまった。
そんなこと、俺が知りたいくらいだ。と言いたかったが口にはだせなかった。彼女は全てを知る前からすでに何かを感じ取っている様子だった。ごまかしはきかない。
僕は思っている本当のことを言うしかなかった。
「君は二条さんだよ。紛れもなく彼女は君と同じ人間だ」
「まさか。そんなの、おかしいよ。現に私はここにいるのよ」
「だって、そうとしか考えられないじゃないか。こんなにそっくりなんだぜ」
僕は二人を見合わせていった。いつきは信じられない、といった風で眉間にしわを寄せている。
「顔と名前が一緒なだけなら、どこかにいても不思議じゃないわ。証拠にはならないじゃない」
いつきは頑なに僕の意見を否定しようとしていた。 まるで、自分が普通ではないことを恐れているみたいに。いつきの顔はこわばっていた。
僕は幼子をあやすように優しく彼女の肩を包んだ。
「いつき、落ち着いて」
「だって、だって。もし宏和の言うとおりだったら、私は・・・」
いつきは僕にしがみつきながらずっと訴えていた。瞼を腫らしながらも、細い腕にこめられた力は弱々しかった。
いつきの考えてることは一つだ。
二条さんが目を覚ましても、二度と覚まさなくても自分がどうなってしまうのかわからないんだ。
仮に二条さんがこのまま死んでしまったら、彼女の魂はこの世から消えてしまう。もしかしたらいつきも一緒に還れるのかもしれない。それならまだましだ。
だが、二条さんが助かったら・・・。
彼女が奇跡的に意識を取り戻したら?
いつきはおそらくこのままではいられない。
先が全くわからない恐怖に、いつきは怯えているのか。
僕は黙っていつきを引き寄せた。
震える髪を撫でると、彼女の上気した顔が目の前にあった。腕から伝わる温もりが生きていることを精一杯主張しようと僕に告げていた。


その時は近づいていた。 あの日以来、いつきは今までと変わらない調子で過ごしている。 いつもと変わらない時間に起き、いつもと変わらない時間に出ていく。 僕が家にいるとなにかとモノをねだるし、いなければ部屋なんか荒らし放題だ。端から見れば本当に子供みたいな女だが、不思議と腹は立たなかった。
彼女の勝手気ままな生活はいつのまにか僕のなかに自然と浸透していた。


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