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やわらかな光り
【その他 官能小説】

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やわらかな光り-5

(5)


「本日は秋のメニューの最終日です」
夕食の膳を運んできた紀子がてきぱきと働く。
「最終日……」
「はい。明日から十二月初めまでは別のお料理になって、そのあとは冬のメニューになります」
これから冬の食材が揃うまで和洋折衷の献立になるという。
「それも美味しいですけど、やっぱり松茸が人気です」
紀子は笑顔を絶やさず、土瓶蒸し、すき焼き、網焼きと説明を加えながら並べていく。
「今日は最後なのでボリュームアップのサービスです」
「それはいい時に来たな」
「地の物しか使いませんから香りがいいですよ」
「これだけ松茸尽しの料理を食べるのは初めてだな。『食べられた』ことはあるけど」
紀子はきょとんとした顔を見せていたが、すぐに冗談を解して相好を崩した。
「もう、お客さんたら、真面目なお顔で」
「あれ、何か言ったかな」
「また、そんな」
満面の笑顔は人の良さを如実に表していた。

 何度か出入りして料理が出揃うと、
「松茸ご飯は炊き立てをお持ちしますので、頃合いをみてフロントにお申し付けください」
手を電話に向けて挨拶した口元にはまだ笑いをこらえているような緩みが残っていた。

 ビールの栓を抜くと、辞しかけていた紀子がにじり寄ってきた。
「お注ぎしましょう」
ふっくらとした白い手は博多人形のようで可愛らしい。
「あとは自分でやるから」
「では、ごゆっくり……」
戻りかけて、ふたたび膝をついて声を落とした。

「お客さんは、お食事のあとは、お出かけになりますか?」
言われて浮かんだのは来る時に見かけた中心街の路地である。数軒のスナックの看板や赤提灯が並んでいた。鄙びた雰囲気の、いかにも温泉街らしい、それは情緒のひとつでもあった。
「いや、あそこまで歩いて行って飲むのはちょっとね」
紀子はいったん頷いてから、
「いえ……」
言い淀む感じで間を置くと、廊下の方に目をやった。
「お酒ではなくて、お遊びの方は……」
笑みを浮かべてはいたが、明らかに作った表情になっていた。
 意味はわかった。解放感に浸ってその気がまったくないわけではなかったが、溢れるほどの欲はわいてこない。
「部屋に呼ぶんじゃないんだ」
「ええ、それはできないので……」
 あるスナックの二階にその場所があるという。二万円で一時間。安心して遊べる所だと紀子は真顔になって早口に話した。
「若い娘です」
「そう。そう言ってけっこうオバサンがいるからな」
「いえ、ほんとにきれいな娘ばかりです」
「ほんとう?」
「若くてスタイルよくて、色白です」
千尋の肌を思い出した。

 やり取りをして気を持たせる結果になってしまったが、迷ってはいなかった。
「行くのが面倒だな」
「そうですね。ちょっと歩きますから。タクシー呼ぶのも中途半端ですし」
「今回は温泉に浸かってゆっくりしよう」
「はい……」

 話が終わるとさらに小声になった。
「すみません。このお話、なかったことにしてください」
「?……」
「お願いします」
「まずいんだ?」
紀子は困った顔を見せ、
「はい……」
旅館には内緒のことなのだと打ち明けた。
「紹介してるの?」
「はい……」
苦笑して頷いた。一人につき三千円の斡旋料がもらえると申し訳なさそうに俯いた。
「アルバイトか」
「ごめんなさい」
「謝ることないよ。温泉場ならどこでもあるよ」

 男の一人旅。目的がどうであれ、浮ついた想いを抱くのはむしろ自然でもある。そんな客に打診しては小遣い稼ぎをしているのだろう。いうなれば売春の斡旋で、事が表に出れば問題になるのだろうが、温泉町なら暗黙の了解があるものだ。紀子が危惧するのは自分の立場であろう。泊り客を勝手に利用したとなれば旅館としても見過ごすことはできないにちがいない。

「だいじょうぶ。口は堅いから」
「すみません……」
萎れたように目を伏せた表情は子供みたいに見える。スレたところがまるでない。
 私は煙草をつけながら紀子に向き直った。
「紀子さんならOKなんだけどな」
「はい?」
「お相手が」
すぐに口を押さえて体を折って笑った。
「ご冗談を」
「いや。ほんと。君だったら嬉しいよ。タイプなんだ」
「それはありがとうございます。光栄です」
目がくりくりと動くのが可笑しくてならない。
「本気だよ。考えておいて」
紀子は笑いながらも頬を赤くして出ていった。


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