様々なこと-9
「そんなことあるもんか!海人も美咲も、喜んでたんだから」
父の言い分なんか認めない。こんな、母が出て行っても追いかけもしない父の言葉なんか、僕は絶対に認めない。
「友人は絶対的存在ではない。お互いがお互いを尊重し合わない限り、関係はいずれ壊れてしまうものだ……」
父は「あまり遅くなるなよ」 とだけ言って乗降場を後にした。
(そんなことあるもんか……絶対に父さんは間違っている)
薄暗い中に消えていく父の背中。いつもは怖さに厳しさ、そして優しさと、幾つもの思いが入り交じってるのに、今はたったひとつ、嫌悪感の塊にしか見えなかった。
父と分かれた僕は、すぐに渚の家へと向かった。まだ七時半だから起きてるだろう。
「ごめんください」
渚の家は港の北側で、僕等と同様、坂の途中にある。
訪れた僕を出迎えてくれたのは渚の母さんで、僕の顔を見るなり、とても懐かしがって喜んでくれた。
「今日は、何の用事なの?」
そう訊ねられて、渚に用があることと、彼女とまったく連絡がつかないことを伝えた。
すると渚の母さんは、意外なことを言った。
「渚ねえ、昨日の夕方から熱が出てしまって、ずっと寝てるのよ」
「本当ですか?朝は何とも無かったのに」
「日曜日のアルバイトが堪えたみたいでね、夏風邪みたいなの」
病気なら仕方ない。僕は渚を諦めることにした。
「それじゃ、お邪魔しました。渚に、早く元気になるよう伝えて下さい」
渚の家を出た僕は、帰路につこうと路地へと向かった。
するとその時、かすかに聞こえて来たのだ。
──拓海、帰ったの?
──本当に、好い加減にして欲しいわ。何度も々しつこく電話してきて。
──わたしまで友達ごっこに巻き込まないでって。
最初、聞こえた時、何のことだかよく解らなかった。
それが“渚の居留守”だと解った時、さっきとは比較にならないほどの、血が逆流する感じがした。
「がああーーっ!」
気づけば、僕は路地を走っていた。あれ以上、あそこにいたら、僕は強い感情を抑えきれず、取り返しのつかない事になってたかも知れない。
(もう、これで渚とはおしまいだ……)
段々と怒りの熱が冷めていく内に、今度は哀しさがこみ上げて来る。僕は走るのを止めて立ち止まった。
(父さんは、いずれこうなるって分かってたんだ)
友達の在り方で父と口論となって、それでも友達だと信じていたのに、
(向こうは、とっくに僕のことなんか、友達だと見てなかったんだ……)
正に父の言った通りなのに、僕は昔の関係を取り戻したい為に、右往左往しただけなんだ。
(なんだか惨めだ……自分が惨めでたまらないなんて、初めてだ)
僕はゆっくりと歩き出した。オレンジ色の明かりに包まれた港は、いつも綺麗なはずなのに、今は何だか色褪せている。
──もう、どうでも良いや。 どうせ来年の春には、みんな本土に渡って別々の道を進むんだから。