様々なこと-6
「僕の方こそ、ごめんなさい。沙織さんを困らせてやれって思ったせいで、こんなことになって……」
頭を下げようとした僕の両肩を、沙織さんの手が掴んだ。
「だから、もういいって!」
引き起こされた数十センチ先に、綺麗な瞳が輝いてる。
「この話はこれで終わりましょう。それより、これ」
見つめる先を、差し出されたビニール袋が遮った。
「何なんです?これ」
「帰ってから開けて。この間のお礼よ」
「じゃあ、ありがたく……」
僕が袋を受け取ると、沙織さんは「それじゃ、またね」と言って分かれ道へと帰って行った。
(何だったんだろう……)
嵐のような出来事が去って、僕はまた、静けさの中に一人、身を置いた。
(僕が帰って来るのを見計らったみたいに突然、現れるなんて……)
ここまで考えて、僕の頭に“ひょっとしたら”という仮説が浮かび上がる。
(まさか、僕にお礼を渡そうとして、ずっと待ってたんじゃ……)
そんな馬鹿な。いつ現れるかも解らない相手を待つなんて、無謀過ぎる。むしろ、家に持って行こうとして偶然会ったと見るのが自然だ。
(多分、そうだ……そうに違いない)
家に向かって路地を歩きながら、僕は袋の中を確かめた。
中には十センチ角程の紙箱がふたつ。靴下かハンカチ、どちらにしても、あげた物以上に価値がある代物なのは間違いないみたいだ。
(こんなに気を遣わなくても……)
貝をあげただけで、こんなお礼をくれる律儀さを持ち合わせてると思えば、僕の反応が面白くてからかったりと、様々な場面々で見せるふたつとない表情は、彼女の“引き出し”の多さを顕してるみたいで面白い──僕には、沙織さんという女性が益々解らなくなってきた。
──だからこそ、強く惹かれてしまう。
あの、猫の目という形容がぴったりな、くるくると変わる表情を見る度に、胸がドキドキして苦しくなるけど、ずっと見ていたい気分になるのも本当だ。
「あ!しまった、訊くの忘れてた」
目まぐるしい出来事のおかげで、僕は、昨夜の件をすっかり忘れていた。
「まあ、いいや。次の機会にでも訊こうっと」
ちょうど、家の明かりが近づいて来た。僕は、思いを打ち切って玄関扉に手をかけた。
「ただいま〜!」
時刻はもうじき十時。玄関を上がっていくと、ちょうど父が居間に布団を敷いていた。
予め、見舞いに行くと伝えてあったから、叱られる心配は無い。