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「お客さんだよ、林先生」
「客?誰だー?」
そう言いながらこちらに向かって来たのはスポーティーなおじさんだった。
花井の顔を見て「おー!久しぶりー」と目尻に笑い皺を浮かべた。
のも束の間、陽向の顔を見てキョトンとした。
「そちらは?」
「あ、はじめまして。風間陽向です…」
「そんな生徒いたっけなー?」
「いやいや、先生!今日はちょっと教えてもらいたいことがあって…」
花井が慌てて口を挟む。
「なにー?数学か?」
林はゲラゲラ笑った。
彼は数学の先生なのだと悟る。
「はは…。じゃなくて、佐山優菜ちゃんのことについて…ちょっと…」
花井がそう言うと、林の顔が曇った。
「何か、あったのか?」
先生も知らないはずがないか。
不登校まで追い込んだ生徒のことを。
「ちょっと向こうで話すか」
林に連れられ、隣の会議室に通される。
フカフカのソファーに腰掛けると、林はドアの鍵を閉めて向かいに座った。
「佐山がどうかしたのか?」
「実は…」
花井が高校卒業後の一連の流れを話す。
高校で起こっていたことも全て話した。
花井が話す間、林はずっと黙って聞いていた。
「それで佐山の実家の電話番号と住所が知りたいってことか」
林は「ちょっと待ってな」と言って席を外した。
「学年でも、ちょっと問題になってたんだ…。優菜がいじめをしてるってこと。でも、先生たちも学校の名前汚したくないし、深く追求はしなかった。…自分たちの名誉のために傷付いた生徒を救わないって、狂ってるよね」
花井は「止められなかったうちらも同罪だけど」と付け加えた。
陽向は何も答えずに俯くしかなかった。
沈黙しているとドアが開き、ファイルを持った林が入ってきた。
「引っ越してなければ、この住所と番号だと思う。まぁ、実家だからそう変わることはないと思うが…」
林はファイルを開いて優菜のプロファイルを見せてくれた。
「ありがとうございます!」
「俺がバラしたって言うなよ。…飛んじゃうから」
首元に手を当てて、林は笑った。
「本当にありがとうございます…」
陽向もお礼を言う。
「佐山も苦しんだと思うよ。あいつに会って願い叶えてやれよ。そしたらきっと楽になるかもしれないから」
林にもう一度お礼を言い、学校を後にする。
「よかったですね、見つかって」
「はい。花井さんのお陰です…ありがとうございます」
陽向はぺこりと頭を下げて花井にお礼を言った。
「あはは。そんな…。でも、風間さんの気持ちは嬉しかったです…。優菜のためにここまでしてくれるなんて。本当にありがとうございます。…お礼を言うのはこっちの方です」
花井は優しく笑った。
駅に向かう途中、花井は「私は、ここで…」と言った。
「え?東京に住んでるんじゃないんですか?」
「今日は実家に帰ります。ホント、ありがとうございました」
「…こちらこそ。じゃ、お気を付けて」
「風間さんも気を付けて帰って下さいね」
手を振り、花井に別れを告げる。
いい人だな、花井さん…。
だから、優菜にも何も言えなかったのかな。
そんなことを考えながら電車に揺られる。
窓の外をぼーっと眺めていると、携帯がブルブルと鳴った。
『おす。何してんの?』
湊からのメールだ。
「ちょっと遠出」
『国試前にしては余裕ぶっこいてんな。どこ行ったの?』
「どこでしょう?」
『は?』
「湊に話がある」
そう送った10分後、湊から電話がかかってきた。
『なんだよ話って』
「今電車の中だから後で掛け直す」
一方的に電話を切り、陽向は深呼吸した。
電話なんかで話すことじゃない。
これは、直接言わなきゃいけない。
『駅で待ってる』
電話を切った後、湊からそうメールが届いた。
改札をくぐるとベンチに座って携帯をいじっている湊がいた。
「お疲れ」
「うい、お疲れ。…どっかメシ食い行く?」
「んー…今日はあたしが作るよ」
「あそ」
立ち上がり、歩き始めた湊の隣を歩く。
近所のスーパーで買い物を済ませ、自宅まで歩いている途中、湊が「話って何よ」と言った。
「後で言うよ」
「焦らしますねー」
「そーゆー気分じゃないから」
「何怒ってんだよ」
「怒ってないもん」
マンションに着き、ひと休みしながらコーヒーを飲んでいると「もう、いーっしょ?」と湊に言われる。
「…怒らない?」
「俺が怒るよーな話か」
「かもしれない話」
「佐山のことか?」
どストレートに言われ、陽向は黙った。
「やっぱり。…で?」
やはり言い出しにくい。
でも自分から言い始めたことだ。
陽向は今日の事を話し始めた。