三十八歳熟女滴る-1
(15)
八月も下旬になると目に見えて日が短くなってきたことがわかる。夕焼けに染まった空から差し込む陽も厳しさが弱まり、もう秋の色を含んでいた。
坂崎は複雑な想いを胸に真希子を待っていた。電話は昨日のことで、急な話であった。
「ほんとに、二人もお世話になっちゃって」
電話から車の通り過ぎる音が聴こえた。
「外から?」
「ええ、ちょっとコンビニに買い物なの」
歩いている息遣いが伝わってくる。
「義兄さん、明日土曜日だけど、お休み?」
「うん、そうだけど」
「ご予定は?」
ずいぶん丁寧な言葉使いに苦笑した。
「別に、何もないけど」
「そう。あのね、急なんだけど、伺ってもいいかしら。お礼もしたいし」
「礼なんて、何を言ってるの。たいしたことしてないし」
いきなりだったので少し慌てた。
「気にしないでよ」
彩香と美緒を抱いた所に母親の真希子が来る。出来れば避けたい気持ちだった。
「僕の姪なんだから、気を遣わないでよ」
姪という言葉がつい弱々しくなる。
「それだけじゃなくて、お話もあるのよ……」
「話?……なんだろう……」
緊張が走ってこめかみに留まった。
(まさか、二人のこと……)
あの子たちが何か言ったのだろうか。疑心が背筋を吹き抜けた。
(いや、言うはずはない……)
「姉さんのことで、ちょっと……」
「陽子のこと……」
「ええ。電話じゃ言いにくいことなの。明日、だめかしら」
彩香たちに関連がないとすれば逃げることもないわけだが、不安ではある。
「構わないけど……」
「そう。突然すみません」
気にかかったのはいつもの明るい調子がないことだった。何となく言いよどむ感じを受けた。
「いろいろ支度して行くから夕方になっちゃうと思うの」
「そう……」
「泊めてね……」
「うん、それは……」
真希子の声はちょっとくぐもって聞こえた。
陽子のことだという。……なんだろう。……
電話を切ってから考えてみた。まったく思い当たることなどないのになぜか不安に襲われた。結婚してからの過去を振り返っても陽子に隠し事をしたことはない。仮に何かあったとしても夫婦の間の問題である。真希子がいまさら介入してくす筋ではない。まして陽子が亡くなって三年も経つのだ。
(三年……)
そうだ。どんなことにしろ、なぜ今頃と思う。
姪が来るのであれば食事をどうするか考えるところだが、真希子は自分で作ると言った。
「娘たちはずいぶんごちそうになったみたいだけど、あたしに作らせて」
「いいよ、そんな心配は」
「あたし、こう見えてもけっこうやるのよ。途中で買い物もしていくから任せて」
「何かとったほうが楽だよ」
「いいの。義兄さんは何もしないで」
言い張ってきかなかった。