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貴女について思う幾つかのこと
【初恋 恋愛小説】

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出逢い-3

「あ!そうそう」

 乗降場へ向かいかけた足が止まった。

「──さっきの台詞。君みたいな性少年には十年早いわよ!」

 そんな捨て台詞を言った次の瞬間、彼女は、僕に向かって笑顔をくれた。

「なんだい……言いたい放題じゃないか……」

 この時、僕の心は口から出る言葉とは全く正反対で、何の確証もないのに何かが起こりそうな予感がして、一人、ドキドキワクワクと躍り昂っていた。

「拓海、どうかしたのか?」
「……」
「拓海!」
「えっ!?あ、ああ……」

 名も知らない女性の姿をずっと目で追ってると、船を停めた父が声をかけてきた。

「あのお客と、何か遇ったのか?」
「いや、何もないよ」
「それにしちゃ、ずっと見てたじゃないか」

 否定しても、父はしつこく訊いてくる。さすが親だ、普段と違うのが解ったみたいだ。

「うん。い、いつも島に来る人逹と、何か雰囲気が違うなって……」

 僕は、適当な事を言ってごまかそうとする。でも父は、急に真面目な顔になった。

「あれは、辰臣さん所の娘だ」
「えっ!?」

 この島民の殆どは同じ名字を名乗っている。なので各家のことを話す時、主の名前で表す。
 父の言った人のことなら僕も聞いたことがある。高校卒業して半年後に、家出同然で島から出て行ったと、小学生の頃、島中の噂になっていた。

「確か……沙織さんだったよね?」
「拓海……」

 確かめようとした僕に、父は厳しい声で言った。

「──今の話、誰にもするんじゃないぞ」

 僕を見る目が、いつになく怖い。「こんな小さな島で隠しごとなんて無理な話だ」と心の中で呟きつつも、言われた事を守る──やっぱりまだ父が怖い。

「分かってる」
「よし、昼休憩だ」

 僕の返事に満足したようで、父は、普段の穏やかそうな顔をして僕の肩を抱いた。

「父さん、今日の定食何かな?」
「さあな。昨日がカジキの塩焼きだったから、カツオじゃないか」
「たまには、かしわの唐揚げとか食べたいんだけど」
「定食屋のおばさんに頼んでみろ。来週には出してくれるかも知れんぞ」

 長い桟橋を乗降場に向かって歩きながら、父と他愛ない話を交わしている間も、僕の頭の中には真中辰臣さんの娘、沙織さんの笑顔が、日の出の海のように眩しく輝いてた。

 ──こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだ。






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