特に、何も……-9
次の週、中野さんはいつもと変わらなかった。中野さんの棟は道路から距離があるので、朝は一番にお迎えに行って、帰りは最後にしている。他の利用者さんを車に残していけないからだ。だから車に行くまで話す時間がある。
月曜日も水曜日も『訪問』のことについて何も言わなかった。金曜日の利用日に送った時、玄関を閉めかけながら一言、
「待ってるよ……」
それだけ言って軽く会釈をした。
私は伺うつもりでいたから微笑んで頷いた。佐野という女の人が引っ掛かっていたけれど、考えてみれば関係のないことだし、あんな人、中野さんが好きなはずはないと思う。六十のオバアサンだもん。
全員を送り届けて軽くなった車は風を切って走る。
明日は休み。土日と久し振りの連休だ。明日も明後日もゆっくり寝られる。時間を気にしないで遅くまで起きていられる。
一緒に寝るのはMくん。夢の中の二人の生活はたくさんのパターンがある。恋人で同棲している場合、結婚している場合。住んでる家もいろいろある。豪華マンションだったり、小さなアパートのこともある。もちろんMくんはいつもやさしくて状況が変わってもそれぞれ幸せだ。
(今夜は新しいこと考えようかな……)
いつもよりスピードを上げて走った。
午前十一時起床。たっぷり寝た、はずなのに、まだ眠い。今日もまた暑くて起きるようなものだ。
窓を開けると少し風がある。昼間はエアコンのききも悪いし、電気代が跳ね上がるから極力我慢する。
眠いけど心地いい疲れ。なぜかというと、昨夜はMくんとラブラブだったからだ。私に「素敵だ」と囁いてくれた。何度も「愛してる」と言ってくれた。幸福感に満たされて、頭が朦朧となってしまった。恥ずかしいこともされたけど、彼なら何をしても許せる。いや、して欲しい……。
パンと牛乳とヨーグルトでブランチを済ませて、同じタイトルのテレビを観ていたら一時を過ぎていた。
(ああー。だらだらしてたら半日終わっちゃうじゃん……)
やっぱり寝坊は損かなと思う。
明日の今頃は、「明日は仕事だ……」って溜息ついているだろう。時間はあっという間に過ぎていく。
(連休なんてたいして意味ない……)
食器を片づけ、洗濯機を回し、掃除に取り掛かった。やることを早く済ませて時間を『貯金』しようと思った。時間をとっておくことはできないけれど、自由な時間を増やして有意義に使おうということだ。予定はないのだけれど、とにかく何にでも対応できる状況にしたかった。なんだか急に思い立った。
一時間かけて終わらせて一息つく。汗だくだ。貯金した気がしない。着ているものはびっしょり。シャワーを浴びないと耐えられない。せっかく洗濯したのに中途半端な洗い物ができた。これは来週の仕事にする。
シャワーを浴びてさっぱりしたけど、何だか満足感がない。
(なんでいつもこうなんだろう……)
連休なんて、と思いながらも、せっかくの連休……。充実感がどこかで欠けている。
その原因はわかっている。やることを決めていないから。……
買い物に行かないと食べる物が少なくなっている。野菜もないからトマトとレタス。それに、ビール。
ふと、中野さんのところへ行ってみようと思い立った。何となく会いたくなった。時間は二時半。お菓子でも買っていっておやつを食べよう。帰りに買い物をしてくればいい。約束は明日だけど、ふだんどんなことをしてるのか、私が行く時は構えているかもしれないから脅かしてやろう。どんな顔を見せるだろう。
(ふふ……)
ようやくすることが見つかって、私は立ち上がった。