特に、何も……-4
一度のつもりが二度、三度になって、三か月目に入った。ばれたらほんとにまずいと思いながら、来週も頼むよ、とにっこり微笑まれると迷った様子をみせながらも頷いてしまう。笑顔にも弱いけど、大きな理由は日当だ。
初めての日、昼ごろ弁当を持っていって、一緒に食べて、それから掃除機をかけ、洗濯をした。たいした量ではない。溜め込んだ自分のことを思えば楽なものである。その間に風呂場の掃除をして終わりである。ものの一時間ですんでしまった。他にもいろいろしようと言ったのだが、それで十分だと言うのでコーヒーを飲みながら話をした。
帰り際、お礼だと言って封筒を渡された。辞退したけどとても後に引きそうにないのでありがたく頂戴したものの、帰って見たら一万円が入っていた。
「ええ!あれだけで。まずいよ」
すぐ電話して、
「困りますよ、中野さん。ボランティアってことだったのに」
「ぼくが満足した金額なんだ。無理に来てもらったんだから、それは気にしないでとっておいてくれ」
「それにしても多すぎます。ヘルパーはこんなにかかりません」
食い下がったけれど頑として受けつけない。しまいに、
「それじゃ、理恵さん」
「はい」
「来週もう一度お願いできないかな」
行きがかり上断れなくなって次の休みにも出かけた。そしてまた封筒を渡されて、返そうにも強引に握らされてドアを閉められてしまった。
(しょうがない……)
割り切るか。正直なところすごく嬉しい。給料は十七万ちょっと。家賃と光熱費、携帯、パソコンなどで毎月十万はかかる。残りで服を買ったり、食費や日用品、化粧品も必要。貯金はほとんど出来ない。だから、一万円は大きい。二日行って二万円。しかも合わせて実働四時間弱。悪い事をしている気持ちがしてどきどきした。同時に欲がでた。
(指名料だから、いいか……)
次に行った時は素直に頂いて、その代わりお弁当は差し入れとして食べてもらった。安いものだ。
その次の週、私はすっぽかした。というより、迷いが出てしまって行けなかったのだ。中野さんから来週も来てくれと言われなかったし、良心の呵責もあった。
言われていないのに当たり前のように行ってもいいものか。お金目当てと思われはしないか。考えているうちに時間が過ぎてしまったのだった。中野さんに私の携帯は教えていなかったので電話は来なかった。
翌週の送迎に行くと、中野さんはむっとした顔で玄関に立っていた。
「どうしたの。待ってたのに」
「はい……」
「デートだったの?」
「ちがいます。彼氏いない歴三年です」
「だったら来てよ」
「何か、申し訳なくて……」
「また言ってる。もう言わないよ。ぼくが望んでるんだよ。毎週来てね。用事がある時は言ってくれればいいから。わかりましたか?」
「はい……」
それからは『人助け』なんて、自分に言い聞かせて通うようになった。
行く度に一万円。自然とサービスも丁寧になる。掃除も雑巾がけをしたり、棚を拭いたり、自分の部屋ではやらないこともするようになった。
「そんなにしなくていいから。ちょっと休んでお茶しようよ」
「ええ。もう少しですから」
「理恵さんはいいお嫁さんになるよ」
「そうですかぁ?」
「てきぱきよく働くもの」
自分の部屋では洗濯物の山。流しにも必ずなにかしら洗い物がある。たまに母親が来ると呆れて溜息をつく。そしてぶつぶつ言いながら片付け始める。
「こんなんじゃお茶を飲む気にもなれないよ。どっちがヘルパーだか……」
(結婚したら変わるのよ……)
確信はないけど、そう考える。
マッサージも追加するようになった。そのくらいしないと気がすまなかった。講習を受けた程度だが、少しは心得がある。
肩から始まって、二の腕や首筋。背中や腰はベッドにうつ伏せになってもらって、ぐいぐいツボを押す。
「ああ、効くなあ。本格的だね」
最後は仰向けで足裏とふくらはぎ。
「いい気持ちだなあ」
中野さんはじっと私を見ている。穏やかな顔を見ていると私も嬉しくなる。
「そう言ってもらえると私もやりがいがありますよ」
「理恵さんがいてくれるだけでいい」
「なんだ、マッサージはどうでもいいんですか?」
「そうじゃないよ。とっても上手だよ。だけど、これが別の人だったらどうかな。理恵さんだからさらに効果があるんだな」
「また、うまいこと言って」
言われて厭な気はしない。
口には出さないけど、やっぱり一人じゃさみしいんだと思う。原因は自分にあるとはいえ、奥さんと娘さんに捨てられたようなものだから後悔はきっとあるのだろう。