ウロボロスの繁殖-2
シャルという愛称で呼ばれるようになった彼女は、とても愛くるしい赤子だった。
これはヘルマンやサーフィの贔屓目を抜きにしても、正しい判定だ。
どこもかしこも小さな身体。柔らかなほっぺた。
左右の色が違う瞳はパッチリ大きく、白銀の長い睫毛が縁取っている。桜色の唇をパクリと開き「あー、あー」と発する声も可愛い。
誰かが顔を覗き込むと、「キャハ」と笑い声をあげる。その仕草とあどけない笑顔で、相手はたちまち柔面になり『とても良い子だ』と太鼓判を押すのだ。
お忍びで見舞いにきたヴェルナー王とエヴァ王妃も絶賛した。
まさに、愛される要素をこれでもかというほど詰め込んだ存在。
しかし……。
***
三月になったある昼下がり。
空気は冷たいが天気はよく、道の両脇に積み上げられた雪がキラキラと輝いている。
二階の窓から、栗色のコートと同色の帽子をかぶったサーフィが、大通りに向って歩いていくのが見えた。
ヘルマンは窓から離れ、ベビーベッドの傍らに戻る。
木製の柵つきベッドには清潔な布団が敷かれ、白とピンクのベビー服を着た愛くるしい赤ん坊が、二色の瞳をパチンとあけた。
家にはいま父娘のみ。
サーフィは先ほど外出し、帰ってくるのは早くとも陽が沈んでからだろう。
遠慮する妻に、時には育児の気分転換も必要だと、半ば無理やり芝居を見に行かせたのだ。
サーフィはシャルを目にいれても痛くないほど溺愛し、殆ど一日中傍に置いていたから、育児に関してヘルマンの出番はあまりなかった。こんな風に家で二人きりになるのは初めてだ。
「とー、とー?」
生後三ヶ月になるシャルロッティは、無邪気な瞳で父親を見つめ返し、手足をじたばたさせる。
「シャル。母上は外出いたしましたので、僕と二人でお留守番ですよ」
「……あーぅ?」
チラ、とシャルが室内を見渡す。
「遠慮は無用です。思い切り遊んでかまいません」
ヘルマンはニコリと微笑み、ガラガラを握らせた。
回転木馬の絵のついた玩具は、振るとカラカラと軽快な音がする。
いつもシャルがおでかけに必ず持つ玩具だ。
「ぷぅー」
シャルはガラガラを両手に掴み、しげしげと眺める。
「君の思うようにふるまって良いですよ」
もう一度告げると、二色の瞳がチラリと父親をみあげた。そして……
「フッ」と、薄い笑みを浮べた。
それは常のシャルからは想像もつかない、シニカルな表情。
ベビーベッドの赤ん坊はフンと鼻を鳴らし、小さな手でガラガラを突き返す。
まるで、こんなつまらないモノに用はないとでも言いたげだ。
(やっぱり……!)
ヘルマンは、ヒクリと片頬をひきつらせる。
サーフィに休息をとらせたかったのも本当だが、実はそれよりも、確かめたいことがあったのだ。
「気に入りませんか。これはどうです?」
今度は小さな手にふわふわで手触りの良いウサギちゃんの縫いぐるみを渡した。
「むー」
小さな小さな指が……丹念に縫い目を探り、バラバラに分解しはじめた。
『……えーと、これは?』
脳裏から、子ヘルの遠慮がちな声が聞える。
「ええ……思ったとおりでした」
力なくヘルマンは返事をした。
――やはりこの娘、相当に猫かぶっていた!