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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第7話-10

―――高校からの帰宅途中、英里の携帯の着信ランプが点滅していた。
珍しく、圭輔からの電話だった。どきん、と心臓が大きく高鳴る。
逸る気持ちを抑えて、英里は電話を取った。
「あ、もしもし、水越さん久しぶり」
「あの、どうしたんですか、突然……?」
彼の声を聞くだけで胸が高鳴ってしまう自分に気づかれぬよう、思わず声が上擦りそうになるのを必死に堪えながら、平静を装っていると、
「俺、4月から水越さんの高校で働くことになったから」
「えっ……!本当なんですか!?」
驚きのあまり、英里は思わず道の真ん中で立ち止まって、大声でそう叫んでいた。
「本当だよ。無事、教員に採用されました」
「おめでとうございますっ……!」
相手の顔も見えないというのに、笑顔になってしまう。まるで我が事のように嬉しい。
「一番に、水越さんに伝えたかったんだ」
「……あ、ありがとうございます」
「照れてる?」
「っ、照れてません!」
「はいはい。また、学校で会えるな」
電話口から、圭輔の笑いをかみ殺したような声が聞こえる。
「楽しみにしてます」
(どうしよう、本当にまた学校で会えるなんて……)
胸に湧き上がる喜びを抑えきれない。つい顔がにやけてしまう。
「……なあ、今って時間ある?」
「ちょうど授業が終わって、帰ってる途中です」
「これから、会えない?少しでもいいから」
「あ、はい、大丈夫です」
いつものことだが、つい素っ気ない答え方をしてしまい、少し自己嫌悪に陥る。どうして、素直に会いたいって言えないんだろう。
「じゃあ、駅前で待ち合わせな」


「あ、水越さん、こっちこっち」
駅の改札口の近くにはもう既に圭輔が待っていて、軽く手を振っていた。
「悪いな、急に呼び出して」
「いえ、全然。私も遅くなっちゃってごめんなさい。あっ、これ!」
英里は彼の目の前に走り寄るなり、小さなブーケを差し出した。
「お祝いです。……えっと、就職祝い?」
次の瞬間、圭輔は盛大に吹き出してしまい、英里は一体何が可笑しいのかわけがわからないといった顔で、彼を見上げる。
「あ、ありがと…でも俺より水越さんが持ってた方が似合うから、もうちょいだけ持っててくれない?」
「……はい」
一体何がツボに嵌まってしまったのかわからず、少し腑に落ちない表情で英里は頷いた。
「水越さん、しばらく会わなくても変わらないなぁ。何か和んだ」
「そうですか…?」
「うん。行動が予測不能で可愛い」
「可愛くなんか……って、それ褒めてるのか貶してるのかどっちなんですか!?」
「褒めてるんだよ、もちろん」
「嘘つき!」
顔を赤くして、拗ねたような表情を見せる彼女が愛おしい。
彼に優しい笑顔で見つめられて、英里はますます頬を赤く染めるのだった。


それから二人で軽く食事をし、別れ際に、
「花、どうもありがとうな。家に飾っとくよ」
「いえ。……本当におめでとうございます。自分の夢が叶えられて、すごいです」
柔らかな笑顔を湛えた英里を、圭輔はじっと見つめる。
「うん。すっげー頑張ったんだよなぁ」
圭輔は今までの自分を労うかのように一人でしきりに頷いた後、ちらりと英里の方に目を遣ると、
「……だからさ、もう少し“ご褒美”欲しいかなぁ、なんて」
「え?」
何だろう、英里がそう思った時には、彼の唇が自分の唇に重なっていた。少し、触れただけの二つの唇。
「来年から同じ学校にいるんなら、校内で手ぇ出さないように気をつけないとな」
圭輔は悪戯っぽく微笑む。
「なっ、何バカな事言ってるんですかっ!」
羞恥と照れ臭さで、英里は自分の顔が真っ赤になっているのが自覚できた。
「今日は会えて嬉しかったよ。今度また、学校でな」
そう言うと、最後に彼は、英里を抱き締める。
心地良くて、その温もりに素直に身を委ねた。
「はい……」
離れる事に名残惜しさを感じつつ、英里は笑顔で圭輔を見送った。
自分の夢を、夢のままでなく、現実のものにしてしまった。
それに、また学校で彼に会えるなんて。幸せな気持ちでいっぱいだった。



―――また、過去の夢を見た。
目を覚ました英里は、ぼんやりと天井を眺めていた。
眠りが浅いのか、ここ最近、毎晩彼との夢を見る。
積み重ねてきた彼との思い出。自分の中での大事な記憶。
それも、今日で、終わってしまう。


 決心が鈍らないうちに、英里は、圭輔に電話を掛けた。すぐに、彼が電話に出る。
これから切り出そうとしている内容を悟られぬよう、努めて明るい声で英里は話しかけた。
ついに、この時が来た。
悩んで、悩んで、悩み抜いて至ったこの結果。
ずっと結論を先送りにしていたのだから、今日はもう、回り道はしない。
『……圭輔さん、私、やっぱり、結婚はできません』
沈黙の後、英里は、ようやくそのことを告げた。
電話口の向こうは、無言。英里はそのまま話を続ける。
『あの、私、結婚まで考えてなくて。まだ学生だし、結婚とか重荷で……それに、両親も反対してるし…圭輔さんには、私なんて相応しくないんです。もっと大人の女性の方がお似合いです』
そう、あの大学時代の同級生だというあの女性のような。
『だから、私なんかと別れて、結婚前提でお付き合いしてくれる人を探した方がいいんじゃないかって…』
捲し立てるように一気に言い切った後、英里は軽い眩暈を覚えた。
心臓が針山のよう。一言発する度に、細い銀の針の尖端が心の弱い部分に突き刺さる。棘だらけで、ズキズキと痛む。
酷い事を言っていると自覚している分、相手に向けて発している言葉の刃は、全て自分に返ってくるように、鈍く響く。


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