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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第7話-9

「思ってないよ、誰彼構わずキスするような子だなんて」
「私…」
英里が顔を上げた瞬間。
圭輔は、英里の方に顔を向けて、言葉を発しかけた彼女の唇を塞いだ。
唇に、圭輔の吐息が掠める。
驚きのあまり一瞬英里は目を見開いた。思わず逃げかけた肩を圭輔に捕まれ、軽く不安の色を滲ませるが、彼の唇の温度を実感するにつれ、ゆっくりと目を閉じて口付けを受けた。
睫毛が時折頼りなく震え、圭輔の体に腕を回すことも出来ずに棒立ちになっている英里の様子は、行為に慣れていない事を如実に物語っていた。
瞬時に、桜色に上気した彼女の頬が愛らしく、圭輔は目を細める。
少し唇を離して、もう一度寄せると、上唇を優しく啄ばむ。
その時、ちゅっ、と微かな音が、英里の耳に響く。
恥ずかしさで瞳をきつく閉じるが、圭輔は構わず、彼女の柔らかい唇を貪り続ける。
「あ…っ」
彼女が軽く漏らした甘い吐息に、圭輔の体の芯が熱くなり、強く抱き締めたくなる衝動に駆られたが、それを必死に押し留めて、背は高いが華奢な体つきの英里を優しく抱き寄せた。英里もぎこちないながらも腕を回して、彼に身を委ねる。
湿気を含んだ空気の匂いと、彼の香りに包まれる。
心臓が突き破れそうな程大きく高鳴る。激しすぎて痛い、それなのに何故か心地良い感覚。
そっと唇を離して瞳を開くと、互いの顔が目の前にあり、2人共照れくさそうにはにかんだ。
いつの間にか雨音が、段々と遠ざかってゆく。
「……俺もさ、年下の子と付き合うなんて初めてだから、どうしたらいいかわからないんだ。今日も久々に会うと思うと、すっげー緊張して」
情けないだろ、と苦笑いを浮かべながら言う彼の、思いがけない告白に、まだ頬を赤らめたままの英里も、柔らかく微笑んだ。
彼も同じ気持ちだったのかと思うと、何だか安心したのだった。
「ほら、雨止んだ」
照れ隠しのように、圭輔は空を見上げた。
雲の切れ間から、微かに陽の光が差し込んでいる。
「あ、虹…」
空に架かる七色の光のプリズム。綺麗だな、と英里は純粋に感じた。
虹なんて初めて見たわけではないのに、こんなにキラキラ輝いているものだっただろうか。
きっと、それは隣に彼がいるからで。
ちらりと、横目で圭輔を見遣ると、彼も満足気な表情で、虹の彼方を見つめている。
気付かれないように視線を外すと、英里は微笑んだ。
この瞬間を圭輔と共有しているのが、とても特別で素敵な出来事のように思えたのだった。
「……そろそろ行くか」
圭輔が、彼女の方に手を差し出す。
「……はい」
英里は躊躇いながらも、彼の手を取った。



いつの間にか、眠ってしまっていたようだ。
膝を抱えて座っていた英里は、定期入れの中に密かに隠し持っていた彼の写真をぼんやりと眺めた。
ふと、淡い過去の記憶が夢の中で甦り、涙が溢れ出す。
母親から言われた辛辣な言葉も、元彼女に突きつけられた驚愕の言葉も、ない。夢の中には、幸せな思い出だけが溢れていたのに、現実は、違う。
好きなだけ、想っているだけなのに、どうしてこんなにも苦しいんだろう。
また、心地良い夢の中に逃げ込んでしまいたい。穏やかだったあの時に戻りたい。
―――もう、夕方6時近くなる。
まだ、圭輔は帰ってこない。一体どこにいるんだろう。
英里は、軽く溜息を吐いた。孤独な時間。涙が滲みそうになる。
また目を瞑りかけた、次の瞬間、部屋の鍵が開けられる音がした。
びくりと、反射的に身が竦む。
ドアが開き、その先の彼女の存在を認めて、
「英里…来てたのか」
驚いたように、圭輔は目を開いたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
その表情が、今の英里には何故かつらい。
「おかえりなさい、お邪魔してます」
いつも通り、笑顔を作って、彼を迎えた。
「ごめんな、今日昼過ぎからずっと空けてたから……いつからいたんだ?」
「大丈夫です、ついさっききたばかりですから。ちょっと、顔が見たくて」
「……そっか」
彼は照れているのを隠すように、英里に背を向けて、台所に向かった。
「何か飲む?」
「あ、いえお構いなく……」
「じゃあ、コーヒーでいい?」
今日あった事を、全て彼にぶちまけてしまいたい……どろどろと渦巻く醜い感情がそう叫んでいるのに、声に出せない。
程なくして、カップを2つ手にした圭輔が、台所から出てきて、英里にその内の1つを手渡した。
「でも、嬉しいな。英里が鍵使ってくれて。これから、いつでも来ていいから」
そう、微笑みながら話す彼の顔を見つめていると、先程までの棘棘とした感情が、ほんの少し薄らいでゆく。
やはり、彼が好きだから。
だが。
「あの、この前の話なんですけど……もう少しだけ返事を待って欲しいんです」
俯き加減で、英里はそう口にした。
「ああ、いつでも待つよ。俺の気持ちは変わらないから」
別に動じることもなく、圭輔は笑顔で応じた。
「……ありがとうございます」
僅かに、口ごもる。言いかけて、やはり口を閉ざした。
彼女、藤森絢子と何があったのか、聞きたかったが、どうしても口にできなかった。
相変わらず、弱虫で意気地なしの自分に嫌気がさす。
結局は、自分が一番大事で、傷つくのが怖いから、真実を知る勇気がない。
英里は簡潔にお礼を述べて、彼の部屋を後にした。
もう引き返せない。残された時間は僅かだ。


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