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夕焼けの窓辺
【その他 官能小説】

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第7話-11

―――ただ黙って彼女の告白を聞いていた圭輔は、ようやく口を開いた。
『もし、大学卒業して、両親も納得してくれたら、いいのか?』
『え…?それは…』
低い声でそう呟いた圭輔に、英里はびくりと身を竦ませた。
『俺にとっては、そんなの全部どうでもいいことなんだよ。知りたいのは、英里の気持ちだけだ。そんな理由なら、諦められない』
電話口の彼の声音は、普段より鋭利な雰囲気を孕んでいる。
『っ、だから、それじゃ圭輔さんのためにならないと思って……っ!』
圭輔は、盛大な溜息を一つ吐いた。
『…勘違いも甚だしいよな』
『どういう意味ですか…?』
『別に誰彼構わず結婚したいわけじゃない。英里じゃないと意味がないんだ』
その言葉に、決心が鈍りそうになる。
『私は…』
私は、貴方を守りたい。だから離れないといけない。そう深く念じ、もう一度気を引き締める。
これだけは言うまいと思っていたが、彼は納得してくれない。
『ごめんなさい。私、自信がないんです……』
英里は、これまでにない程の悲しい色を瞳に宿して、そうぽつりと呟いた。
『この前、絢子さんと抱き合ってるところを見てしまって。悲しくて、悔しかったのに、何も言えなくて。私じゃやっぱり圭輔さんとは不釣合いで、あの人との方がよっぽどお似合いに思えたから……』
虚ろな瞳から、涙が零れる。彼とのことで何度泣いたかわからない。
『…。』
圭輔は、思わず口ごもる。
あの時、懸念していた事に、今まさに直面している。
どんな理由があるとはいえ、絢子の家に泊まったのは紛れもない事実、言い訳が出来ない。
『もうこんなに苦しいのは嫌なんです。自分自身の劣等感に苛まれるのも、裏切られる痛みも、みんな……。だから、私、圭輔さんと結婚、できません……』
絞りだすような、涙混じりの小さな掠れ声で、英里はそう告げた。
沈黙が降りる。
圭輔は、ぎりっと、歯軋りする。
いっそ、思いっきり泣き喚いて、罵ってくれた方がよっぽどましなのに。
『……絢子に何言われた?』
『前に圭輔さんと付き合ってて、まだ、愛してるって……』
圭輔は深い溜息を吐いた。
『嘘だよ。俺達は付き合ったことなんて一度もない』
『だって……』
『軽率な事して、英里を悲しませたのは本当に悪かった。でも俺は英里だけを愛してる、結婚したいってずっと思ってて、ようやく言えたんだ。生半可な気持ちじゃない。そんなに、俺の言う事信用できないのか……?』
耳元に響く悲しげな声に、英里の胸が震える。
『……本当に、ごめんなさい』
そう言い放ち、一方的に通話を終了させると、そのまま携帯の電源を切った。
ああ、もう彼との関係は完全に断たれて、これから会う事も出来ないんだ。
自分の手で下ろしたとはいえ、何てあっけない幕切れ。
でも、それ以外にどんな選択があったというのだろう。
自分の気持ちを優先するより、彼の幸せを願うならば、これが最善の選択だったと、必死に自分に言い聞かせる。
それでも、自然と両目から涙が零れた。溢れ出すと止まらない。
(ごめんなさい、ごめんなさい……っ)
傷付けて、ごめんなさい。


「っ……!」
一方的に、別れを突きつけられ、圭輔は言葉を失った。
彼女が、ああいう頑なな態度を取る時は絶対に、何かあるに決まっているのに。
また、心を閉ざされてしまった。
どうして、何も打ち明けてくれないんだ。
誤解を解くこともできない。
「くそっ……」
何度掛け直しても繋がらない携帯を、歯痒い思いで、強く握り締めた。



別れを告げた翌日。
英里は、鏡に映った自分の顔を見つめる。泣き腫らして、むくみが酷い。
そして、着々と、見合いの日は近付きつつある。
顔も名前も知らない相手と結婚だなんて、考えられない。会うのですら嫌でたまらないのに。
もう何もない、空っぽの自分。無気力で何もする気が起きない。
あれからずっと切りっぱなしだった携帯の電源を入れ、メールの着信を確認する。
圭輔からのメールは、怖くて開けない。
友人の陽菜からのメールを開くと、結婚式の時のヘアメイクは自分がしたいといった内容のメールが届いていて、昨夜、涙が涸れ尽くしたかと思うぐらいに泣いたのに、また涙が溢れてくる。
英里は思わず、彼女に電話を掛けた。
『はい、もしもし……』
『陽菜ぁ……』
『うわっ、ちょっとどうしたのよ!?』
電話を取るなり、涙声の英里に、彼女も驚いた声を上げる。
『もう嫌だよ……っ』
『落ち着きなって!ね?』



「はぁぁぁ?見合い!?しかも親が勝手に決めた相手って…何それいつの時代の話??」
コーヒーを片手に、陽菜は素っ頓狂な声を上げた。
正面に暗い表情で座っている英里は、黙って頷く。
あれから電話で泣いている英里を懸命に宥めたが、一向に埒が明かず、結局直接会った方が手っ取り早いと思い、彼女を家に呼んだ。
あんなに取り乱した英里は初めてだったので、彼女がすぐに時間を作ってくれたのだった。
「だ、だって、ちょっと前にプロポーズされたって……」
「昨日、断った……」
「えぇっ!?もう一体何が何だか……」
展開の早さに、陽菜は思わず頭を抱えたくなる。
英里はたどたどしく、今までの経緯を語り始めた。
「……そうかぁ」
憔悴しきった英里の事情をようやく察した陽菜も、さすがに沈重な面持ちだ。
「でも、いいの?お見合いなんて……」
「したくないよ、会いたくもない。会ったら、結婚させられちゃうかもしれないし。でも、私にとっては、彼の方が大事だから」
話しているうちに、英里はだんだんと落ち着きを取り戻してきた。
「それ、先生、納得してるの……?」


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