『子羊の悩ましい日々 〜デュラハン編〜』-1
あの衝撃的な歓迎会の日から早くも一月が過ぎ去った。それまでずっと子羊の仕事をロイはやり続けている。週に一度休日はあるが、その日もなし崩し的にソフィアや、子羊の噂を聞いてやってくるモンスターの相手をしていた。
「はあ……」
ロイはため息をつきながら地下室へと続く下り怪談を歩いていた。普通の男から見たら夢のような状況であるが、相手はモンスターでありその性行為も一風変わっている。さらに、全ての性交渉は受身であり、主導権はモンスターにあるのでどうしても疲れてしまうのだ。
「でもまあ、さすがに慣れてはきたかな」
だが、ロイはわりと平気な顔をしていた。
一ヶ月は5週間であり、一種類のモンスターとは1週間相手をすることになる。つまり、これまで5種類のモンスターの練習台になってきたわけだが、1週目のメイデンバタフライをのぞけば、ワーキャット、ドライアードなど、かなり人間に近い姿のモンスターたちであったので気持ち的に楽であったのだ。
「さて、今日もお勤めお勤め……」
気合を入れると、最下層の大きな扉をゆっくりと開けた。
「……えーと」
大きな扉を開けたら、そこはごく一般的な家庭の室内となっていた。暖炉があり、机に椅子もいくつか備えられている。
二階へと続く階段や、別の部屋へと通じる扉もある。
戸惑って振り返ると、すでに入ってきた大きな扉は消えていた。毎回扉を開けられるとモンスターに関係のある場所へ転移されるのだ。
「誰もいないけど、普通の家って感じだよね……。うーん、今回は人間の家を住処にする妖精とかなのかなー」
うろうろしていても仕方ないので椅子に座ろうとしたとき、コンコンというノックの音がした。部屋のドアを開けると、どうやらノックは玄関からしてきているらしい。
「どうしよう、僕はここの住人じゃないんだけど……」
少し迷ったが、ロイは玄関までぱたぱたと走っていくと扉を開けた。
「……!?」
すると、そこには美しい銀色の部分鎧を身に纏った女性騎士が立っていた。しかし、その首の上にはあるべきもの、頭部が存在しない。
「……へ?」
バシャアッ……!!
突然、その女性騎士は右手に持ったバケツの中身をロイに向かってぶちまけた。それは、赤色というよりもすでに黒に近い赤色になった血だった。
「えええええええ!!??」
突然のことでよける暇もなく、悲鳴だけむなしく響いた。
ロイの全身は何かの血で真っ赤に染まる。
「ああああああ! 間違えましたああああ!!!」
ロイの悲鳴以上に大きな悲鳴が女性騎士の腰のあたりから響く。むせかえるような血の匂いにクラクラしながらも、ロイはハンカチで顔をぬぐいながらその声の発生源を見る。
「なるほど……」
異常な状況には慣れてきたロイは、早くも頭を切り替えて自失状態から立ち直ると、目の前にいるモンスターの正体に気づいていた。
「……デュラハンですね」
その女性騎士は左手で自分の頭部を抱えていたのだ。それこそが首なし騎士と言われるデュラハンの最大の特徴だ。
デュラハンとは一種の死神で、狙った相手にバケツ一杯の血をかけ、その一ヵ月後にその相手を殺しにやってくるという。