潜入W-1
思わず扇をとり落とし大声を上げた大和に、取り囲んでいた民たちが何事かと目を見開いていた。
そんなことも気にせず大和は女物の煌びやかな着物を振り乱して通路へと走りぬけた。
すると、驚いたように葵がこちらをじっと見つめ・・・
「・・・やまと?」
葵の肩を抱いている神楽は、大きな歓声が沸き起こることに葵が興味を示したため、彼女を連れて部屋から出てきたところだった。
だが、そんな葵の反応をみた神楽は眉をひそめた。
「・・・やまと?」
神楽の疑うような視線が大和に突き刺さる。と、大和の後ろから楽師の姿をしたもう一人の少年が顔を出した。
「ああ、そこのチビはこいつの事を大和撫子(やまとなでしこ)って言ったんだろ?」
ニカっと笑う楽師姿の蒼牙をみて葵はきょとんとしている。事態を把握できていないのだろう。
『お、おい・・・お前もなんか言えよ大和!!』
はっとした大和は女性らしく口元を抑え、声色を変えて咳払いをした。
「い、いつぞやお会いしましたお嬢さんではありませんか?見知った顔がありましたので思わず出てきてしまいましたわ」
ああ、と神楽は納得したように葵の肩を抱く手をゆるめた。
「そういうことか、"やまと"というのはてっきり男の名かと・・・。大和撫子のことでしたか」
神楽の葵の顔を覗きこむ仕草に、大和はギリリと歯を食いしばらせた。
『・・・落ち着けよ大和。まだ人質がいるんだからな』
そんな蒼牙の声に大和は悔しそうにきつく目を瞑った。手の届く先に葵がいるのに、彼女に触れているのは全く知らないただの男だった。
「芸者さん・・・?もう終わりかや?」
そこに悪びれた様子もない町人たちが顔をだし、舞の途中で飛び出したことに気が付く。
『蒼牙、お前はこのことを仙水たちに知らせろ。俺はここに残る』
表情を引き締めた大和は蒼牙が頷いたことを確認すると一人で広間へと戻っていく。騒ぎに紛れて抜け出した蒼牙が仙水たちの気配を追って町を駆け抜けた。
「あとは人質さえ見つかれば・・・」
舞を続けながらも大和は気が気ではなかった。こんなに焦るのは葵の傍に男がいるからだろう。