前編U-1
郊外にある、一軒のイタリア料理店──味の評判が宜しい上に手頃な値段がうけて、夕方はいつも客で賑わしている。
しかし、中心街から外れていると言う立地条件がネックとなり、平日の昼時は割りと空いていた。
そんな店に一台の、黒塗りのメルセデスSクラスが滑り込んで来た。巧みな運転で狭いロータリーを旋回すると、入口の前で鮮やかに停まった。
運転手は、車から降りると素早く前から後部へと回り込み、うやうやしくドアを開けた。
開け放たれたドアから降り立つのは、白髪の男だった。
髪のわりに浅く日焼けした肌は色艶も良く、淡色のスーツを纏った身体は背筋も伸びて、とても若々しく見える。
「ニ時間で、迎えに来てくれ」
男は運転手にそう告げて、“close”と札のかかった扉に手を掛けた。
店内は、昼間だというのに遮光が施され、赤銅色の、壁の高い位置に設え付けられた灯りが誘導灯の如く、一定の間隔に並んで薄闇を淡く照らしている。
「お待ちしていました」
闇の奥から人影が涌き出て来た。現れたのは、店のマネージャーだった。
「皆さん、既にお待ちですよ」
男は「そうか」とだけ言って軽く頷くと、マネージャーの案内を断わって独り、薄暗い廊下を奥へと進んだ。
十メートルほど進んだところで扉に突き当り、男はドアノブに手を掛けて勢いよく引いた。
「諸君、待たせたな」
扉の向こうは中規模会議室程度の広さを持つ、薄暗い部屋だった。
最初に目に飛び込んで来たのは、部屋の中央部に設えられた、巨大で重厚な造りをしたマホガニーの楕円テーブルだ。
テーブルには、たった六人の男達が等間隔で囲むように座っている。照明が絞ってある為に一人々の顔は窺い知れないが、シルエットからは、白髪の男より幾分若い様に見えた。
白髪の男は、扉から右回りで部屋の一番奥へ向かうと、一つだけ空いていた席に座った。
「それでは、時間も無いから早速始めよう」
男が何かを促した。すると、白髪の男の左傍に腰掛けた男が立ち上がり、第一声を挙げた。
「では皆さん、只今より第三回目のミーティングを行います。既に皆さんご存知でしょうが、この会議においてメモ等は一切残さないように。
どんな素晴らしい計画も、小さな綻びによって頓挫してしまう事は、歴史が証明するところであります……」
男は、進行役としての長い前置きを語った後、ようやく本題へと移った。
「先ず最初に、各班の進捗状況を説明して頂きます。では、資材調達班から……」
男の進行により、白髪の男から右手前に座る男が報告を始めた。
「──我々の班はこれまで、監視の緩い“シリア産”を、仲買人を通して調達していましたが、どうやら近々、横流しの実態調査を行うと言う情報を掴みました。
そこで、今後はシリアでの活動を縮小して、暫く様子を見る予定です」
「なるほど。で?もう一つのロシア・ルートは」
白髪の男が、途中で口を挟んだ。報告者の顔が僅かにひき攣った。