前編U-8
関東の〇〇地区。
表向きは、日本有数の華僑の街であり、中華料理や雑貨等を売り物とした観光地。
しかし、その賑やかな場所から一歩足を踏み入れると、築数十年は経つ、寂れたビル群が姿を顕し表情が一変する──中国系在日マフィアの巣窟である。
薄汚れた建物の続く中、周りの景色から一線を画した様に、一際豪華な白亜の城が突如現れる。華僑の王大班(ワンタイバーン)であり、武器商人である李海環(リ・ハンガン)の邸宅だ。
人民解放軍の高官や、ロシア軍との太いパイプを利用し、あらゆる紛争地域を顧客として武器を売買する──俗に言う死の商人。
人が集まる場所に、争い事は絶えないが持論であり、“互いの国が尊重し合えば世界は一つになれる”等と言う言葉は、左巻きの放つ詭弁にして戯言だと切り捨てる。
事実、冷戦時代を経て二十年以上経つが、国益の奪い合いは激しさを増すばかりで、調停機関であるはずの国際連盟は、既に有名無実と化していた。
今、邸宅の表門に一人の男が現れた──松嶋恭一である。
「久しぶりだな、此処も」
恭一は感慨深げに、巨大な屋敷に目をやった。彼が此処を訪れるのは、四年前の“あの件”以来だ。
どうぞお入り下さい──門柱に据付けられたスピーカーの声と同時に、門扉が自動で開かれる。恭一は促されるまま、中へと進んだ。
奥に続く大理石の廊下も、廊下の両端を彩る調度品や観葉植物も、四年前と何ら変わり無い。
「此方でお待ち下さい」
通された待合室のドーム形天井や、壁を彩る数百万ドルの絵画もあの日のまま。此処は、まるで時が止まったかの様な錯覚を恭一に与えた。
「久しぶりですね、松嶋さん」
しかし、暫くして現れた李を見て、恭一は錯覚から覚めた。
代名詞だった肥った身体はなりを潜め、精力的だった表情にも翳りが見える。恭一は、改めて時の残酷さを感じた。
「此方こそご無沙汰してます。本日は、お招き頂き有難うございます」
「先ずは、食事と行きましょう」
李は、そう言って隣の応接間へと歩き出した。が、その歩みは秘書の介助を必要とする程に弱々しい。李も七十歳に手が届く。とは言え、余りの衰えぶりが、恭一に憂いの思いを起こさせた。
「それでは、互いの再会を祝して」
食前酒で乾杯の後、料理が運ばれて来た。見た目はごく普通だが、西太后の流れをくむ、宮廷料理人の味は超一級品だ。
しかし、李はその殆どに手を付ける事も無く、唯、恭一の食する様を眺めているだけだった。
「気持ちのいい食べっぷりだ。やはり若いと言う事は素晴らしい」
「李さんと知り合って十年。私も四十に手が届く歳となりましたよ」
「男の四十代は、最も魅力的な年齢です。未々精力的に活動するべきですよ」
「さすが、今だに王大班(首領)として君臨されている方の言葉は含蓄が有りますね」
「その嫌味なジョークが出る間は、大丈夫ですね」
李の笑い声が挙がった。が、昔の豪快さは翳を潜めていた。