前編U-24
時刻が午前十時を少し回った頃、梶谷美那は、駅のホームで独り佇んでいた。
感情を爆発させて事務所を飛び出したはいいが、徐々に熱から覚めた時、最初に見舞われたのは、酷い嫌悪感だった。
(不味かったかなあ……)
自分の想いと相反するからと言って、怒鳴り散らした上に物を投げ付けるのは、余りに自己中心的で子供じみた行為だ。
しかも、向こうがどういう真意なのかを確かめもせず、事務所を飛び出しては、断交したと思われても仕方ない。
(でも、あれだけ言っちゃったしなあ……)
もし、このままと考えた時、美那の中でふつふつと、不安が涌き上がった。
(やっぱり、このままじゃ駄目だ!)
そう思ったら、居ても立っても居られ無い。美那は駅の乗降口に向かってホームを走り抜け、階段を駆け登って行った。
美那が、再び恭一の下へと向かって走り出した頃、恭一は事務所を後にしていた。
ルノー四は、某旧市街地を抜けて、高層ビルが整然と並ぶ再開発地区を走っていた。
元来は工場地帯にある港町だったが、港湾業の衰退と共に町も次第に廃れてしまったのを、県による副都心案によって再開発されたのだ。
旧市街地には、未だ港町の名残りである、異国情緒溢れる建物が点在しているのに対し、再開発地区は、荒涼とした墓域の様な冷たさしか感じさせない。恭一のルノーは、その墓石の様に並ぶビルの一つの駐車場へと滑り込んだ。
「すげえ場所だな……月の家賃だけで、うちの三ヶ月分の稼ぎだな」
一くさり愚痴を溢してエレベーターに乗り込み、最上階である三十階を押した。
(あれから随分経つが、また会えるとはな……)
上昇する箱の中で、恭一は回想に浸る。脳裡に浮かんでいたのは、ある男だった。
やがてエレベーターは速度を緩め、ゆっくりと停止した。
柔らかい電子音と共に、扉が開く。恭一は扉を歩み出て、廊下を右に折れた。
「こいつは……」
地上百メートル超から見る圧倒されそうな景観。恭一は歩みを進めながら、暫し、眼下の街並みを堪能する。
「“彼奴”の悪趣味は変わらんな。こんな場所から景色を見るから、自分達を“選民者”だと勘違いしてしまうんだ」
そう言った恭一は、廊下の一番奥に有る扉に近付いた。
扉が開くと小さな受付になっており、テーブルには、カラオケの選曲機のような物が一台。
どうやら、音声案内による受付システムの様だ。
「CEOの、ミスターイシガミを頼む」
案内のまま、恭一は“ある人物”を呼び出した。
「アポイントメントはお持ちでしょうか?」
「いや……イシガミに“マツシマが来た”と言えば解る」
恭一は、マツシマを殊更に強調した。
機械から「お待ち下さい」と言われて十分後、受付に初めて、人間の、白人女性が姿を現した。