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「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

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前編U-25

「どうぞ。イシガミがお会いすると言っております」

 女性の流暢な日本語に従い、恭一は奥へと進んだ。
 中は二百平米は有ろうかと言う広い空間に、五十人程の女性オペレーターが、働いていた。
 彼女達は、化粧品メーカーの対応オペレーターである。が、通常、この様な高層ビルの最上階に存在する者ではない。
 白人女性と恭一は、彼女達オペレーターの間を通り抜け、奥に有る扉の一つに入った。

「貴方ですか?私に会いたいと仰有ったのは」

 白人女性を介して恭一に訊いて来たのは、痩身で初老の白人男性であった。
 白人男性を目の当たりにした恭一は、一瞬、戸惑いの眼差しになったが、直ぐに、嘲る様な眼に変わった。

「彼は日本語が出来ないのか?」

 恭一がそう訊くと、白人女性は不思議な顔をした。

「そうよ。何故、そんな事を訊くの?」
「いや。てっきり、出来るのかと思ってね」

 振り返ってイシガミを見た恭一は、口の端を上げた。

「何時まで誤魔化すつもりだ?ジョージ」

 その瞬間、イシガミの眼が恐慌に染まった。
 慌てて白人女性を部屋から追い払うと、凄まじい凶気の眼を恭一に向けた。
 対して恭一は、嘲りの眼で迎え打つ。

「まさか、四年ぽっちで舞い戻っているとはな。それとも、CIAは深刻な人材不足なのか?」
「貴様、何処で知ったんだ!」
「俺も甘く見られたものだな。それにしても、日系三世のお前が白人男性に変身してるとは……今の整形術には感心させられる」

 男の名は高鍋譲二。五年前まで恭一のクライアントであり、情報会社を営んでいた。
 無論、それは表の顔であり実際は、CIA日本支部の責任者として活動していた。
 ところが五年前、CIAによる純国産戦闘機“心神”の設計データ強奪を、恭一によって阻止されたばかりか、次期戦闘機を日本との共同開発に変更を強いられ、煮え湯を飲まされる形となった。
 高鍋は、この時の責任を取らされて更迭となり、本国へ送還とされた。
 その男が、整形で“別人”となって復帰していたのだ。

 恭一は、窓を背にした“最高経営者”の席に、どっかりと座り、高鍋に侮蔑の眼差しを送った。

「ジョージ。お前に訊きたい事が有るんだ」
「貴様……お前との関係は終わったはずだぞ」

 怒り心頭に発する高鍋だが、勝つ為ならば何でも有りの奴と言う事は、骨身に染みて分かっている。必死に冷静さを留めて関わるのを避けようとした。
 だが恭一は、高鍋の採るべき行動を解んでいた。

「お前等の情報網なら、既に引っ掛かっているはずだ」
「嫌だと言ったら?」
「その時は、“CIAが人材不足に陥っている”と、世界中に吹聴するだけだ」

 恭一の言葉を聞いた高鍋は、項垂れるしか無かった。
 数百万ドルを掛けて“別人”となった事が無駄になるばかりか、自分自身、今度こそCIAを馘になるだろう。
 但し、この場合の馘は、余生を精神病院で過ごす事で有るが。

「な……何を知りたいんだ?」

 絞り出す様な声だった。屈辱に満ちた眼が、恭一を捉えた。

「すまないな、ジョージ」

 恭一は満足そうに頷くと、嘲る様な眼をして、ある言葉を口にした。






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