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「ふたつの祖国」
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前編U-21

 朝を迎えた──何時、どうやって辿り着いたかも覚えていない。が、知らぬ間にソファーに蹲(うずくま)っていた。

「ちょっと!さっさと起きなさいよ」

 甲高い声音で、仰々しい言葉が耳許で炸裂すれば、ある種の“殺意”を抱かせても不思議で無い。

「てめえ!いい加減にしろ」

 宿酔いの朦朧とした意識の中で、恭一は感情任せに怒鳴ってしまった。が、相手は動じるで無く、更に嵩に掛かって来た。

「何を言ってるんですか!もう九時過ぎてんですよ!早く事務所を開けて下さい」

 これ以上の口論は無駄と察したのか、恭一は諦めてソファーから身を起こした。

「なんてざまです。浮腫んだ顔で中年丸出し……早く顔を洗って下さい」
「……何をしてんだ?今日は仕事じゃないのか」
「人の心配より、自分の心配しなさいよ。このままじゃ、事務所畳む事になりますよ」
「くそ!……余計なお世話だ」

 恭一は、捨て台詞を残し、洗面所兼用の給湯室に消えた。

「全く……」

 再び訪れた美那は、ため息を吐いた。憐憫(れんびん)な気持ちが心に溢れた。
 かつては、何者をも寄せ付け無い程の精悍さは消え失せ、代わって顕れたのは、酒以外に頼る物が無い去勢された中年男の姿。これには、情けなさを禁じ得ない。
 日、一日と内から少しずつ死んで行く恭一を座視するのは、美那にとって堪らなかった。

「エリア・マネージャーとも有ろう物が、仕事をサボってこんな所に来るとは……」

 洗面を終えた恭一が戻って来た。

「──せっかく順調だった人生なのに、親父が泣くぞ」
「順調ですよ。溜まってる休暇を消化してるだけです」

 美那の言い分に、恭一は鼻を鳴らす。

「ふん!休暇で訪れる所が此処か?昨日も忠告したが、早いとこ恋人を作らんと、貰い手が居なくなるぞ」
「う、煩いなあ……自分だって居ないくせに」
「俺は良いんだよ。心配する奴なんて誰も居やしない。
 それより、お前も今年でニ十五歳だろ。一人娘なんだし、そろそろ親父さんを安心させてやれよ」

 恭一にとっては、何気無い忠告のつもりだった。
 だが、美那はそう捉え無かった。

「誰も心配しない何て言うな!」

 唐突な急変ぶりに、恭一は唖然となった。

「どうしたんだ?何をそんなに怒ってるんだ」
「心配しない何て言うな!心配しない何て言うな!」

 伸し掛かっていた想いが、一気に切れてしまった。
 放たれた感情を抑えられず、美那は、手持ちのトートバッグを、恭一目掛けてぶん投げた。
 お節介だと解っている。迷惑だろうと感じていたが、“気付いくれている”と思ってた。
 それを全く無視した考えを聞き、美那にはもう、堪えられなくなった。

「もう知らない!勝手にしろ」

 悲鳴の様な怒声を残し、美那は部屋を飛び出した。
 サンドイッチに缶コーヒー、そしてニ箱のキャメル。散らばった想いの形骸は、恭一を更に追い詰めた。


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