投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

「ふたつの祖国」
【その他 推理小説】

「ふたつの祖国」の最初へ 「ふたつの祖国」 49 「ふたつの祖国」 51 「ふたつの祖国」の最後へ

前編U-20

「あ?ああ……」

 四年間は、一人の女と過ごす歳月としては長い──そう感じた恭一は嬉しそうだが、五島の表情は何処か硬かった。

「結婚は?」
「二年前に……」
「おいおい!良かったじゃないか」

 恭一は破顔した。苦楽を共にしてきた仲間が、遂に、安住の地を見付けた事を心から祝福した。

「……子供もよ。もうすぐ一歳半になる」

 五島が、ポケットから携帯を取り出して掲げた。
 ディスプレイに、愛苦しい女の子が此方向きで笑っている。それを見詰める眼に、かつての粗暴さは微塵も感じられず、慈愛に溢れていた。
 そんな姿を見た恭一は、喜びと共に、己の蒙昧さを悔いた。

「また……何かやるのか?」

 それは呑み出して一時間が過ぎた頃、徐に五島が切り出した。

「何の話だ?」
「惚けるなよ、仕事の話に決まってるだろ」

 語気を荒げる五島だが、恭一は全く意に介さない。

「何を勘違いしてるのか知らんが、俺は久しぶりにお前と呑みたかっただけだ」
「本当に何も無いのか?」
「本当も何も、俺はあの日を最期に、探偵に戻ったんだ」

 そう答えた一瞬、五島が安堵の表情になったのを、恭一は見逃さ無かった。

「だから、もうお前と仕事する事も無い。安心しな」

 少し揶揄する言い方だが、五島には通じない。

「だからって、毎晩遅くまで呑み歩くのは、不味いんじゃないのか?」
「お前……俺を」

 恭一の表情が強張る。監視されていたとは、微塵も感じ無かったからだ。
 しかし、答えは意外だった。

「勘違いするな。美那って元バイトが、俺に連絡して来たんだよ。何とかしてくれって」
「チッ……あの馬鹿」

 恭一は、一つ悪態を吐いて口を閉じた。
 流れていたジャズピアノが止み、サックスに変わった。
 コルトレーンが奏でる哭く様な音色は、人間の魂に訴え掛ける様だ。

「……お前、辞めた事を後悔してるんじゃないのか?」

 五島が訊ねる。彼も美那と同様、脱け殻の如き様相を懸念しているのだ。
 しかし、恭一は笑って受け流す。

「冗談を言うな。今更、あんな世界に戻りたいものか」
「でも……お前、酷く退屈そうだな」

 恭一は言葉も無かった。ずっと憂鬱な心の内を、五島はあっさりと見抜いたのだ。

「買い被り過ぎだ。俺は漸く出来た暇を楽しんでるんだ」

 そう言葉にしながら、恭一は別の事を考えていた。




「ふたつの祖国」の最初へ 「ふたつの祖国」 49 「ふたつの祖国」 51 「ふたつの祖国」の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前