前編U-17
「それよりも、特定作業はどうなったの?」
「も、勿論!ばっちり調べましたよ」
「じゃあ、ちょっといらっしゃい」
得意気な顔をする鶴岡を無視し、岡田は部屋の外へと引っ張って行った。
「ど、どうしたんです?」
「後で説明するから。それよりも、先に非常階段に行くわよ」
「わ、分かりましたよ……」
鶴岡は命ぜられるまま、非常階段へと急いだ。
鶴岡が部屋に戻る十分程前より、島崎は佐野と連れ立って非常階段に来ていた。
表向きは休憩の為だが、非常階段なら“他の目と耳”を気にする事無く、ミーティングが出来る。
「どうだ?あんたも」
島崎が、ポケットのポールマールを一本引き出して佐野に勧めたが、佐野は「私はやりませんので」と、申し出を断った。
「私に気にせず、吸って下さい」
「そうか、すまないな」
佐野に促され、島崎は煙草に火を着けた。
「ふう……」
暗闇の中で、火種は緋色に輝いて、紫煙は風と共に暫く漂い、やがて同化した。
島崎の双眸にこびり付いた鋭さが、徐々に解けて行く。
「……身体に悪いのは解ってるんだが、どうにも辞められ無くてな。家じゃ女房は勿論、娘にまで嫌われてるよ」
唐突過ぎる自嘲的な言葉に、佐野は表情を緩める。
「私だって似た様な物です。たまに早く帰宅すると、女房はおろか、子供にだって煙たがられてます……」
刑事と言う職務は、時間が不規則なのが常である上、給料は他の地方公務員同様、大した額では無い。高給なのは、危険な現場経験を伴わないキャリア組と警察官僚等の、極一部だけである。
家庭を持っても一般的な家庭では当然の、団欒や家族サービス等とは縁遠くなり易く、しかも殉職と言う危険も常に付きまとう。その為、刑事の既婚者の離婚率は、著しく高い。
安全な生活を維持する為だとしても、一人の人間が“正義感”と言う名誉だけによって失う犠牲は、甚大と言えよう。
「──ところで」
ふいに、島崎が言った。
「あのミーティングで、別々の組織による敵対行為だと言った部分だが、どうしても腑に落ちないんだ」
問い掛けに、佐野は口の端を上げた。
「あれは、出任せです」
「なんだって……」
島崎の、眼窩の奥がぎらりと光った。
「裏切り者に、あれ程の隠蔽工作は必要はありません。惨殺して遺棄するだけで、相手に意思は伝わりますから」
「だったら何故?」
「班長は、捜査員全員を信用しておられる様ですが、私は“若し”と言う状況を想定して、彼処での本音を控えました」
常に先を読む──凄まじい炯眼さは、島崎を呆気にさせた。