前編U-12
「例の案件で、初めて得た目撃証言なんです。何とか車種の特定をお願い出来ないでしょうか?」
切実なる願い──惨たらしい遺体以外、犯人に繋がる物証を得ていない事は、橋本も気に掛かっていた。
「分かった、ちょっと待っててくれ」
橋本は、直ちに机の電話から内線を繋ぎ、相手とニ、三、言葉を交わすだけで、受話器を元に戻すと鶴岡の方を見た。
「写真係の龍崎を訪ねてくれ。話は通してあるから」
「あ、有難うございます!」
鑑識の長に了承を得た。鶴岡は橋本にお礼を言い、足取りも軽く部屋を出て行った。
警察とは、治安維持に関する様々なスペシャリストの集団である。事件に関して、逮捕権を持って行動するのは刑事の役目だが、犯人特定の為の物証を揃えるは鑑識の役目だ。
鶴岡は“立場は違えど、専心して事件解決にあたる仲間”として仁義を切ったのだ。
「失礼します!」
一階の隅に有る写真係の扉を開けた。
写真係とはその名の通り、事件現場の撮影が主な仕事であるが、他にもモンタージュ画像作成や似顔絵描き等と多岐に渡り、その一つに画像解析が有る。
先ず、鶴岡の目に飛び込んで来たのは、中央を占める四脚の机と、雑多に整理された備品の数々。それに、微かに酸味を帯びた空気が澱んでいた。
「あの……」
初めて訪れた係の異様さに圧倒されながらも、鶴岡は入口近くの机に座っている者に訊ねた。
「此方の龍崎さんて方は?」
「私ですが……」
声に反応して振り返ったのは、未だあどけない雰囲気を持つ女性だった。
「あ、あんたが龍崎さんか!?」
「そうですけど……」
鶴岡の頭の中で、ほくそ笑む橋本の顔が浮かんだ。
(こっちは真面目に頼んでんのに、あの爺さん何考えてんだ!)
腸が煮え繰り返りそうな思いを必死に抑えた鶴岡は、龍崎に訊いた。
「橋本課長から話を聞かれてると……」
「はい、画像解析の件ですね!」
怪訝だった龍崎の表情が、一気に柔らいだ。
彼女は鶴岡から画像データを受け取ると、早速パソコンにセットした。
「おっ!映った」
直ちにモニターから、幹線道路の片道四車線が分割画面で映し出された。
「この中で、黒っぽいトラックを探して欲しいんだ」
「黒ですね……」
龍崎は鶴岡のリクエストに小さく肯き、キーボードを操作して指令を出した。
すると、その直後にモニターの画像は早送りを始めた。
「な、何だよ!これ」
「トラックの大きさと色を条件付けして、該当画像を特定させてます」
「なんだって?」
龍崎の説明では、車幅と車高を乗用車より大きく設定し、それに車色の条件を加えてやり、両方に該当する車だけをピックアップする様、パソコンに指令を与えたのだそうだ。