潜入T-1
人ではありえない速さで大和と蒼牙は町の中心部まで戻ってきた。ふたりの呼吸はまったく乱れておらず、足を止めることなくあの建物の入口へと足を踏み入れた。
「お、兄さん芸者として呼ばれてきた人か?」
そう大和に声をかけてきたのはせわしなく酒を運んでいる町人の一人だった。
振り返った蒼牙が不思議そうに首を傾げた。
「ゲイシャ?」
「これだっ!蒼牙その手があった!!」
閃いたように大和が蒼牙へと人差し指を立てて顔を近づける。
「蒼牙、芸者っていうのは俺の生まれた地に伝わる伝統的な舞や楽をする者のことをいうんだ」
「ふーん?んで、これだっ!ていうお前の言葉の意味はなんだよ」
なかなかその芸者を想像できずにいる蒼牙は大和がどうしたいのかよくわからず彼を見上げている。
「おーい?芸者じゃないなら俺はこの酒を運ばないといけないからもう行くが・・・」
歩き始めてしまった男を慌てて大和が追いかける。
「俺達は芸者としてここに来ました。よろしくお願いします」
「お、おい大和・・・」
戸惑う蒼牙は大和に手を引かれ建物内へと導かれていった。
――――――・・・
「陛下お待たせいたしました。和の地より芸の道を極めた者たちが到着したようです」
神官の一人が恭しく女王の前に片膝をつき胸に手をあて主へと報告する。
「・・・待っていたぞ。和の国の者はその所作も控えめで美しいものだと聞いている。そのような者たちがどう美を表現しているのか・・・興味がある」
酒の入ったグラスを傾けると女は足を組み直し、入口のほうを見つめた。見え隠れする白く長い脚が男を知っているように艶めかしく香っていた。
入口の向こうでは煌びやかな着物に身を包んだ大和が拳を握って立っている。
「・・・いささか不本意だが仕方ない」
そういう彼の唇には紅がひいてあり、悔しそうに噛みしめられている。
絹糸のような紫色の髪は高く結い上げられ、豪華な簪(かんざし)や櫛が美しく飾られている。涼やかな目元にも紅とよく似合った化粧が施され、大柄ではあるものの華奢な大和はどこからどうみても和の国の女芸者にしか見えない。