『SWING UP!!』第16話-37
「まぶしい、な……」
朝陽が目に沁みて、誠治は細目になっている。隣にいる葵もまた、額に手をかざし、容赦なく目を射ってくる朝陽を、遮るようにしていた。
チェックアウトまで、1時間ほどを残していたが、やることはやりきったということもあり、二人は“和風荘”を後にしていた。
「………」
入るころは“夜の顔”を見せていた“かがやき町”だったが、7時という町がお目覚めを迎えた時間帯の“朝の顔”に包まれていて、それが葵に、今まで自分たちがいた場所の“いやらしさ”を思い出させて、その身を縮こまらせていた。
人の往来は、極めて少ない。それでも、男女が隣り合ってこの界隈を歩いていれば、何をしていたかは、容易に想像のつくところであろう。
「どこかでモーニングをしないとね」
誠治はというと、余裕のある様子で葵の手を引き、歩調を合わせつつ、喫茶店を探している様子であった。
“和風荘”に入って以来、備え付けられていた和菓子には手を伸ばしたが、本格的な食事を取っておらず、強い空腹を感じている。
ぐううぅぅぅ…
「あっ」
それは、葵も同様だったようで、寄り添いあっているがために、彼女が鳴らした“腹の虫”は、しっかりと誠治の耳にも届いた。
「〜〜〜」
葵の頬が真っ赤になり、俯いてしまう。誠治に対しては、いろんな痴態を晒してきたが、空腹のために“お腹を鳴らした”ことは、やっぱり恥ずかしい。
「お腹がすいたよね、葵。僕も、さっきから、ぐうぐう鳴りっぱなしなんだ」
「はい……わたし、も……です……」
恥らう仕草が、本当に可愛らしくて、誠治はもう、葵とは“依存”を越えた繋がりをもって、離れられない自分を確信していた。
「葵」
「?」
“ラブホテル”の並ぶ小高い区域から抜けて、小さな公園の入口が目に入る。
「誠治さん?」
誠治に手を引かれている葵は、彼がそのまま公園を通り抜けていくルートに入ってから、しばらくして、彼の何処か真摯な眼差しが、自分を撃ってきたことに、少しの戸惑いを感じた。
「僕に、姉がいることを、前に話したと思う」
「あ、はい……。美野里、さん……ですよね」
「うん」
誠治には、歳の離れた実姉がいて、誠治が小学校になる前に、姉弟の母親が病気で亡くなってしまったため、以来、姉の美野里が、母代わりとして面倒を見てくれたと、葵は耳にしていた。
…実は、過去に誠治からその話を聞かされたとき、葵は、精神を乱した。錯乱したといってもいい。
承知のように、葵には死別してしまった弟・和也がいて、誠治の有している家族構成(姉弟)が、自分のそれと全く一致していることから、葵は、錯乱を起こしたのだ。誠治が覚えている限り、その錯乱した状態は、葵を見つけたばかりの頃に、匹敵するほどひどいものだった。
「………」
それを見ていた誠治だったので、美野里との接触を、彼は避けてきた。だが、今、実姉・美野里の話題を振ってみた彼は、己の中に持っていた“ひとつの壁”を、自ら越えようという意思を明らかにしていた。
葵の様子を、誠治は凝視する。
「………」
黙り込んでしまってはいたが、当時のような錯乱は起こさずに、平静な様子を保っていたので、言葉を続けることにした。
…大切なことを、愛する人に、伝えたかったから。